71 / 75

第71話

 あちらこちらから、どよめきとため息がこぼれ出る。人の目を惹きつけるほどの美貌。声だって、少し低めで胸底をくすぐられるように心地よい。その人が、夢のような遊び心のある言葉を持って、品物ではなく未来を示す言葉を差し出すのに、うっとりとしない者はいないはず。  だけど。 「朔姫様が求めているものは、それではありません」  思わず見惚れてしまっていたらしい萩が、はっとして気持ちを引き締めるように咳払いをしてから言い放つ。 「残念です」  あまり残念そうにも見えない優美な笑みを浮かべ、次の公達が待つ場所へ(いざな)う手を向ける。その手に(さそ)われるように現れたのは、何も手にせず緊張の面持ちで身を固くした近貞だった。 「我が弟の、近貞です」  頭を下げた近貞は 「かぐや殿」  手を伸ばし、私を誘う。近盛様が私の背を押した。  伸ばされた手を取ると、私の背に回り両腕を取った近貞が 「月を、眺めて」  耳元でささやく。  目を上げると、大きく膨らみきった月が、かがり火の灯りに負けぬほど白く輝いている。  吸いこまれそうに大きな月に、矢を射掛けたい。  私の願いが聞こえたように、近貞の手が私の手を持ち上げて目に見えぬ弓を掴み、透明な矢を(つが)える。 「まっすぐに」  矢の先が、月の中心を捉える。何をしようとしているのかと、興味津々な多くの視線と予想のさざめき。それらが、意識からゆっくりと遠ざかっていく。  掴まれている手に、背中に、近貞の温もりがある。それを感じながら、布を通り越し、皮膚までも通り越して呼吸が重なり、鼓動が合わさっていく。何もかもが削ぎ落され、私と近貞は溶けあい、月への道を――矢が進む光の道を伸ばしていく。  肩を開き、見えぬ弦を引き絞り、月に臨む。  ああ――。  心の奥が震え、足元から湧き上がる心地よさに溶けてしまいそう。  ぱ――。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!