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第61話

 ちょっと考えてから萩の耳に口を寄せて、私を求めているという武藤家のご嫡男が忍んで来ようとすれば、武藤家の手の者ばかりのここだと楽々に私の寝所へ入り込めるだろうと言う事と、御家(おんけ)のことを考えれば近貞は兄君にはばかり、別邸内で私と親しく接することが出来ないのだと話した。  聞いていた萩は、唸ったりうなずいたり驚いたり感心したりしながら、小川の傍での私達の会話を全て聞き終え、大きな大きな息を吐いて黙り込んでしまった。 「なんとも、困ったことになりましたわねぇ」  しばらくして、ぽつんとつぶやいた萩が無念そうに庭を見つめる。 「庭草を生やしたままでいれば、背の高い草の間に身を隠して、近貞様をこちらへお通しすることも出来たやもしれませんのに、早まってしまいました」 「萩――」 「申し訳ございません、姫様」  手をついて頭を下げる萩の肩に、手を伸ばす。 「別の者が忍んで来ようとするのにも、庭草が伸び放題だったら(さいわ)いと思うでしょう。それよりも誰に気兼ねも無く、あの池に映る月を二人で愛でられるようになるために、良い案を探さなくてはね。――力を、貸してくれる?」 「もちろんですとも」  頼もしく応える萩と頷き合って、庭池の小さな東屋に目を向ける。あの池に映る満月を近貞と共に愛でられるように、あの方の兄君から私宛に文が届く前に、妙案を思いつかなければ――――。 ◇◆◇  その夜、私は不思議な夢を見た。  空には立派な、真珠のように輝く月が浮かんでいる。それはとても大きくて、世の中すべてを覆い尽くすくらいに見えて、宵闇は全て月に照らされ藍色に染まっていた。  私は広い広い場所を、まっすぐに進んでいる。何かから逃れるように、何かを求めるように、足早に進んでいる。行かなくちゃ、進まなくちゃ、ということだけを心に浮かべて進む私の目に、大岩が見えた。  早く、早く進まなければ――。  時折、つんのめりながらも進む私の息は上がり、胸が苦しく喘いでいるけれど、足を緩めることなく進み続ける。  やがて、大岩の向こうに橋が架かっているのが見えた。  ああ――!  私の足はさらに速くなった。胸がつぶれそうに苦しいのに、裾を持ち上げ橋へ向かう。
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