59 / 75

第59話

 言いながら腕まくりをし、袴の裾を帯に差し込んで、魚がいるらしい場所に近寄った久嗣が細く長い、針のようなものを懐から取り出して水底を見つめる。真剣な横顔に、つられたように息をのんで見つめていると、ふっと息を吐きながら腕を下した久嗣が水を叩いた。 「あっ――」  しぶきが上がり、久嗣の周囲を輝き舞って川に戻る。それと入れ違いに手を上げた久嗣の握る長く細い得物の先に、魚がいた。目を丸くする私に、久嗣が得意げな顔をする。 「今夜の膳に、美味しく食べてよね」 「俺も、負けてはおれぬな」  近貞も裾をからげ、短刀を手に川に入った。そうして二人が水しぶきをあげて魚を狙うのを眺めていたのだけれど、いつのまにか狙う魚の取り合いになり、掴み合いのじゃれあいにかわって 「うわっ」 「ちょっ」  派手な水音を立てて、水中に尻もちをついた。 「ああっ」  腰を浮かせて駆け寄った私に、照れ隠しの笑みを浮かべる近貞と、あきれたような拗ねたような顔をする久嗣を見ていると、笑いがこみあげてくる。 「ふっ――」  くすくすと笑いだすと、二人も笑いはじめて水面の光のように笑い声がはじけて踊る。こんなに楽しくて穏やかで心地のいい時間がずっと続けばいいと思うのに、岸に上がった二人は馬の傍に寄り、手綱を掴んで私を立ち上がらせ、馬の背に乗せてしまった。 「そろそろ、帰らねばな。俺は濡れてしまったから、共に乗れぬ。かぐや殿はしっかりと馬につかまり、落ちぬようにしておいてくれ」  残念な気持ちが顔に上ってしまったみたいで、黙ったまま頷いた私に 「また、明日も来ればいい」  近貞が当たり前のように言った。 「今後、どうするかを考えなくちゃいけないしね」  久嗣が用意していた道具を片付けながら、声をかけてくる。 「そうだな」  荷物を馬の背に乗せた久嗣が手綱を握り、二頭の馬が並んで進む。ひとりきりで馬の背に乗り揺られながら、馬が進むことで生まれる風を感じながら、この日々がずっと続けばいいのにと願う。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!