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第56話

「ほんっと。近貞様ってば色恋沙汰には疎いんだから。聞いてくれる? かぐやちゃん。この人、それとなく色っぽい誘われかたをしても、とんと気付かないんだぜ。平気な顔をしすぎているから、相手も脈があるのかないのかわかんなくって、困っちゃうよな」 「そのようなことを言われても、わからぬものはわからぬ。仕方が無いではないか」 「ま、だからこそ俺様がいるんだけどねぇ。はぁ……でも、今回はちょっとビックリしたぜ。近貞様が、これほどマメに文を書いたり気にかけたりする姫が出来るなんて、夢にも思わなかったもんな。いずれ、無理やりにでもどこかの姫君を(めと)らせないと、一生独り身のままなんじゃないかって、危ぶんでいたからさぁ」  ちゃっかり自分の茶も淹れて飲み始める久嗣は、まるで近貞の兄のよう。武家の主従は、こういうものなのかしら。それとも、二人が特別なのかしら。 「でも、まさか文があんな色気も何もない、日常の走り書きのような短いものだとは思わなかったって言うか……それなりに努力して、下手なりに歌でも詠んだりしてんのかな、とか思ったのに、あんな文でよく心を動かされたねぇ」 「下手な飾り気のある文よりも、ずっと率直に近貞の人となりが伝わってきたから、私には好ましかったわ」 「――かぐや殿」  感動したように呼ばれ、近貞に笑いかける。 「それに、新月の夜の弓に心が重なったことが伝わった文は、どんな素晴らしい恋歌よりも、ずっと――」  あの時の気持ちを思いだし、胸に手を当てる。あたたかくて、やわらかくて心地よくて、そのまま天へと導かれてしまいそうなほどに浮き立った。口を開けば、その大切な湧き上がる気持ちがこぼれ出てしまいそうで、言葉をつづけられない。声の代わりに吐息を漏らすと 「かぐや殿」  近貞の手が、私の手に重なった。 「俺も、あの時の事が俺のみの、都合の良いように勝手に感じた事ではなかったと知れて、うれしく思う」  目を合わせ、頷き合う。 「ん、ん――ごほん。二人の世界に入られるのはさ、俺様としても嫌な訳じゃないんだけど、真っ昼間から置いてけぼりにされるのは、ちょおっと、寂しい気がするなぁ」  独り言のように、大きな声で久嗣が言い、あわてて手を離す。 「べ、別に久嗣を忘れておったわけでは――」 「嘘ばっかり。すっかり忘れていたくせに。かぐやちゃんしか、見えていなかったんだろ」
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