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第52話

 近貞の頬に、手を伸ばす。そっと触れると、唇を寄せられた。 「かぐや殿が欲しいという思いを抑え込まねばと、姉上になる方だからと口に(のぼ)せた」  あれは、近貞が自分自身に言った言葉でもあったのね。 「自分の気持ちをごまかすために、あのようなことを――」 「近貞」 「あの後。久嗣が、本当にそれで構わないのかと、言って来た。かぐや殿の元へ兄上を忍ばせる手はずを整えても、かまわないのかと。黙っていれば、自分に嘘をつくなと出て行った。あれは、俺の心根のすべてを、俺も気付かぬようなところを、知っている」  久嗣の、近貞の陰だという言葉は、そういうことなのね。それほど近く長く、二人は共に過ごしてきたということ。 「戻って来た久嗣は、本当に良いのかと念を押した。俺は、かぐや殿にとっては兄上のほうがずっと良縁だと言った。そうすれば、かぐや殿を部屋に引き入れ、その…………」  言いよどむ近貞に、私も恥ずかしくなった。その後、私は久嗣の手で乱されるところを近貞に見られ、久嗣が近貞を促して。 「かぐや殿――」  近貞が言いさしたところへ 「そろそろ、かぐやちゃんを部屋に返さないと怪しまれるよ」  久嗣の声が割って入った。萩が来るまでに部屋に戻らなければ、きっと騒ぎになってしまう。 「――ああ、そうだな」 「続きは、また別の夜に、ね」  近貞が身を起し、私は久嗣に抱き上げられて、互いに手を伸ばし指を絡める。 「今宵、忍んでもかまわないか」  頷けば、滲むような笑みでうなずき返された。名残を残して指が離れ、足音も立てぬ久嗣に抱かれて部屋に戻る。  出てきたままの形に整えられて褥に横になり 「それじゃあね」  小さな子にするような仕草で、久嗣に肩を叩かれた。 「――久嗣」 「うん?」 「ありがとう」  目を丸くした久嗣が、ゆっくりとそれを細めて手を振り闇へ沈んでいく。  夜明けまでは、まだあと少しある。  目を閉じて、近貞の香りを思い出しながら、幸せな眠りに引き込まれていった。
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