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第51話

 初めての夜を終えた朝にしては、甘さの一つも無い話が近貞らしい。けれどこれはきっと、私たちにとっては恋歌よりも甘いもの。新月の宴の後の、あの文のように。 「朔姫の姉君は、陛下の寵愛を受けておられる。なれど曽根殿には野心というものがまるでない。こう申してはなんだが、都合がよい」  目を逸らし、申し訳なさそうにする近貞に頷いて見せる。財力は無いけれど家格はあるし、父様から出世欲というものを感じたことが無い。陛下から乞われて娘を入内させたというのに、今の暮らしが続けばいいとしか望まなかった。そんな家の姫を妻とするのは、財力はあるけれど公家の方々に軽んじられる武家にとっては益のあることだってことくらい、わかる。 「兄上が、妻にと朔姫を望むのは自然な事。俺も、武藤家の為を思えばそれが良いと感じている」  だが、と切なげな息を吐いて、近貞が頬を寄せてくる。 「かぐや殿が朔姫だと知ったとき、俺は――――」  強く抱きしめられて、近貞に手を伸ばした。ぬくもりに目を閉じ、言葉を待つ。 「月の姫は、誰にも渡したくないと思った」  ――ああ。  心が、震えた。 「いずれは月に帰ってしまう、幻のような方だと思っていた。――だが、どこの誰かを知り、確かに存在する姫であると知った矢先に、そのような話を……朔姫を兄上の妻にという話を、された」  あたたかな近貞の腕の中で、これ以上ないほどの安らぎを覚えながら、この人以外の誰かに添うなど出来はしないと、はっきりと心が告げてくる。 「かぐや殿は、月には帰らぬ人だと――この腕に抱ける方だと感じた瞬間に、あの新月の宴の文が、会いたいと告げられたことが、想いを重ねる恋文に思えた。警護の人選の折に、父上が朔姫は弓を好んでおるのではないかと、俺を就けた。新月の宴の折に、顔を輝かせていた姿を見ていたらしい」  そういえば、あの夜に頭領様と目が合ったような気がしたけれど、あれは気のせいでは無かったのね。 「かぐや殿」  顔を上げる。真剣な近貞の目は、星をちりばめた夜空のように輝いていて、息がこぼれた。 「かぐや殿の想いの矢が胸に届いたと、久しぶりに姿を見たことで、会いたいと言われたことで浮かれていた心のままに言ってしまったが、どのような公達にも返書をせぬ朔姫に、俺のように十分な官位も無い男が言っても仕方のないことだと、すぐに心を改めた。それよりも、兄上が求めていることを告げ、家の為に返事をいただけるようにするのが良いと、かぐや殿の気持ちも確かめず、あのような事を言ってしまった」
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