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第40話

「違うかも、しれないから――」 「そうかも、しれないのでしょう」  期待しすぎないようにと口にしたのに、萩が心を浮き立たせようとする。 「このようなところでは、何もお出しできませんけれど、せめてゆるりと語り合うくらいはしていただけるように、心配りをさせていただきますね」  誰に気兼ねすることも無く、ゆるりと語り合うために移ったのですから――。  萩のつぶやきを噛みしめて、頷く。 「それまでに、この庭を手入れ致さねばなりませんね」  立ち上がり、警護の方々に頼んでみましょうと言う萩を 「まって――。今少し、このままで」  手入れのされていない場所を、のんびりと飾り気のない近貞と共に眺めたいと思って、止めた。不思議そうにした萩が 「中途半端になってしまっては、そちらのほうが不恰好かもしれませんしね」  彼女なりの解釈で、取りやめることに納得をした。そのまま萩は朝餉の膳を下げて、さまざまな働きの指示を出すべく去っていく。そういえば、萩は昨日、愛おしい人と語り合ったのかしら。  聞きそびれたけれど、何かあれば萩から教えてくれるはず――。それよりも今は、現れる人が近貞だったら、どのように迎えてどんな話をしようかと、考えていよう。近貞と顔を合わせたのは、たったの二回。観月の宴と、新月の宴の、二回だけ。それなのに、こんなにも近貞のことが心に大きく膨らんでしまっているのは、どうしてなのかしら。  恋しいと思ったら、ずっとそばにと願うものなのよ。  夢見心地に、そんなことを言っていた姫がいたのを思い出す。  あれは、いつの時に誰が言っていたものだったかしら。その時は特に何も思わなかったのだけれど、今その言葉を聞けば、強く頷ける。  私は、近貞を恋しいと思っている。だから、こんな大がかりな嘘をついて、多くの人を巻き込んでしまえた。自分のわがままの為に多くの人を騙してしまったと、申し訳なく思う気持ちがどこかへ行ってしまっている。  ああ、でも待って――。  これだけ期待をしておいて、違う人だったときに落胆を顔に上せてしまったら、対面をする相手に申し訳がないわ。期待をしすぎないように、期待をしすぎないようにしなくっちゃ。  ――その言葉、そっくりそのまま返書の代わりに持って帰るよ。  久嗣の言葉を思い出す。
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