37 / 75

第37話

 今宵は、弓張り月。かの源頼政が(ぬえ)退治に使ったとされる弓矢と同じ名称の月が、空に浮かぶ。  私が張りつめさせた弓が、まっすぐに道を結んで近貞の元へ届けばいいのにと目を閉じる。近貞の姿を瞼に浮かべ、心に生まれた透明な弓を手に、想いの矢を(つが)える。  一心に近貞へ向かう矢の道を描こうとするけれど、ほんのわずかにも矢の道は伸びなかった。  褥に横になってみたけれど、眠れない。ここのところ、ずっとそう。神経が高ぶって、運動もしていないからか、うつらうつらとするけれど、きちんと眠ったという気分になれない。別邸まで長い移動をしたのだから、少しは疲れて眠れるかなと思ったのに、体のだるさだけはあるまま、眠れない。  弓張り月は雲に陰って、近貞とは会えないのだと言われているようで、気持ちがふさぐ。早くすっきりと眠って、明日の朝に顔を合わせたら、直臣と過ごしたのかと、萩をからかって楽しく笑いたい。  星の数ほど出しても無くならないため息が、またこぼれ出る。寝返りを打って、ふと部屋の隅に闇が(こご)っているのが見えて、ぎくりとした。  じっと見つめてくる瞳に、つばを飲み込む。久嗣(ひさつぐ)、なのかしら。  声をかけてみようと口を開いて、喉が酷く乾いていることに気付いた。そうよ、久嗣じゃないのかもしれない。だって、ここには見知らぬ男が――警護の男たちが大勢いるんだもの。久嗣のように、気付かれずに入ってこれる人がいたって、おかしくない。  ――どうしよう。  どうすればいいんだろう。あそこまでは、光は届いていない。月にかかる雲が晴れれば、見えるんだろうか。  見えて、もし、見知らぬ男だったら…………?  ゆら、と闇が動いた。思わず身を固くする。そっと近づいてきて、宵闇の中のわずかな光の当たる場所に見えたその姿は 「久嗣」  ほっと胸をなでおろし、体を起した。無言で近づいてきた久嗣は、そっと私の頬に触れる。その瞬間、最後に会った夜を思い出して強張った。――久嗣の顔が、悲しげに歪む。 「俺の所為で、寝込ませた――?」  嘘から出た真、というのか。寝不足の私は、ちょっと不健康そうな顔になっていた。闇夜で見たら、よけいに青白く感じるのかもしれない。  不安そうな久嗣に首を振って、久しぶりねと告げると胸元から文を取り出した。受け取った私が首をめぐらせれば、久嗣が部屋の隅にある燭台を持って傍に寄り、火をつける。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!