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第35話

 そんな考えを打ち砕くため、気晴らしに弓を引きたいんだけれど、この庭じゃ――――あ。  ふと、赤い花が草の中に見えた。  目を細めて、花との距離を測る。すうっと周囲が透明になり、花を囲む草の色が失せて、輪郭も無くなっていく。手を上げて、形の無い弓を構えて矢を(つが)える。この世の中で、私と花だけが輪郭と色を持つ。私の番える矢の先から、ゆっくりと光の糸が伸びて道を作り、花と繋がった。  ――ふっ。  矢じりと弦を繋いでいた指を離す。放たれた矢は、光の道をするすると進んで赤い花に触れた。  ――ああ。  その瞬間、弾けた何かが消えていた周囲の景色を現していく。もとの庭が見えて、私は何も持っていない手を床に下した。思えば、病のふりをしてから一度も弓を引いていない。表側の庭の手入れをしてもらった後、こちらの庭の手入れもしてもらって、的を用意して、弓を引こうかしら。運び込んだ荷物の中に、弓も弦も矢も入っている。久しぶりで感覚が鈍っているかもしれない。  もし――もし、近貞が姿を現してくれたのなら、共に弓を的に向けることが出来るのなら、半月以上も引いていない状態では臨みたくない。  さわさわと忙しい衣擦れの音をさせて、萩がやってきた。 「残りの警備の方々が、参られましたよ」  萩は、近貞の顔も久嗣の顔も知らないから、私が行かなければ二人がいるかはわからない。私が出向くか、ここに連れて来るか――。  その判断を仰ぎに来た萩に、今はまだ顔を合わせないと告げた。 「病だと言っているのに、のこのこと顔を出せないでしょう? 到着したばかりで、いろいろとすることもあるでしょうし」 「それも、そうですわね」  ちょっと残念そうにする萩の手を、握りしめる。 「ありがとう、萩」 「まだまだ。感謝をされるのには早うございますよ」  強く、萩が握り返してきた。 「あれから、文が届かなくなっているのでしょう? 私が傍にいたからかもしれません。心細いかもしれませんが、しばらく離れているようにいたしましょう」  かまいませんか、と顔をのぞかれて頷く。 「萩は、大丈夫?」
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