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第34話

「別邸は、山の中原にあるでしょう。屋敷の者はいろいろと仕事があるのだし、連れて行くのは私付きの萩だけにして、警護は武家の方がいてくれると、心強いのだけれど」  話の中で率直に父様に言ってみれば、私の病の事は人々に知られており、こちらに余分な人手の無いことは知られているから、別邸の警護をと申し出てくれる方々が多いので、おまえがそう望むのならそうしようと頷いてくれた。申し出てくれた方々は、私に恋文を送って下さる方や父様を重用してくださっている方々なんだけど、その中で新月の宴に誘わせていただいた姫君の療養警護を是非にと、武藤家の頭領様が仰ってくれているから頼むことにしようと言われて、出来すぎた話に飛び起きそうになった。  そうして望むとおりに物事が進み、あれよあれよという間に出立の吉日となり、別邸に移って庭を眺めている私は、後から送ると言われた警護の顔ぶれの中に近家か久嗣の姿があればと、願っている。ここまで希望通りに物事が進んでいるのだから、最後までそのまま叶ってしまえばいいのに。  急ぎで整えた別邸は、屋敷の中は十分だけれど庭までは手入れが行き届かず、先に付けてくれた警護の方々が草刈りまでをもしてくれている。どんな仕事でも申し付けてかまわない、という武藤家の頭領様のお言葉を素直に受けた萩は、はりきって指図をしているのだけれど、見知らぬ男たちばかりの中で、何かがあってもすぐさま戻れるような場所では無いことに、抱えている不安を押し殺そうとして忙しくしているのかもしれない。  私の小さなわがままのために、多くの人が騙されて動いている。  近貞は、なんて思うだろう。ただ弓の事を語りたいと、弓を引く姿を見たいと、見せたいというだけで周囲を騙して人を動かしているなんて知ったら。  ため息がこぼれた。  別邸に移って落ち着いたら、とんでもないことをしているような気になってきた。興奮しすぎて、してはいけないことをしているんじゃないか。もうちょっと冷静に、行動が出来たんじゃないか。もっと他に、良い方法があったんじゃないか。  思ってみても、もう行動に移してしまったのだからどうしようもない。いまさら止めるなんて言えない。  こうなったら、とことん進んでいくしかない。 「よし」  自分に気合いを入れるために、拳を握って言ってみた。けれど、すぐに次の不安が頭をよぎる。  あれから、あの夜から久嗣は姿を現さない。  萩が傍にいたから。病だということに、なっているから。だから、来られないんじゃないか。そう考えても、本当にそうだろうかと打ち消す声が聞こえて、不安になってくる。もう二度と、文は来ずに会うこともできなくなってしまうんじゃないかしら。
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