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第32話

「まぁ」  目を丸くする萩は冗談だと思ったみたいだけれど、私は結構本気で、そう思っている。庭先にイタチやウサギが迷い込んできそうな風情が、物珍しくて面白い。 「楽しみですわねぇ」  ふふふ、と含み笑いをする萩が、私の顔を覗き込んでくる。何の事を言っているのかわからずに、疑問を顔に乗せてみると 「こちらに、お越し下さるといいのですけれど」  何もかも、わかっているという顔をされた。ふわりと頬が熱くなる。萩は笑みを深くして、おもてなしの用意をしなくてはと立ち去ってしまった。  熱くなった頬に両手を添えて、心を落ち着かせるように息を吐く。――そう、ここに来たのは近貞を迎えるため。気兼ねなく、話をするため。共に弓を手にしても、誰にはばかることなくいられる場所を求めるため。  あの日、私が萩に持ちかけたのは、幼いころに出かけた別邸に何か理由をつけて移動し、数日を過ごしている間に近貞を呼んで、弓の腕を競い合いたいというものだった。あの別邸が、まだ父様のものであるかどうかはわからないけれど、と言えば萩はすぐさま調べてくれた。父様が時折人をやり朽ち果ててしまわぬよう屋敷の中を手入れしているけれど、庭などは見るも無残な状態だと言われて、住めるなら上々よと返した。そうして、何か理由をつけて――そう、例えば忌月で汚れを祓うために少しの間だけ別邸に行くとか、もっともらしい事はないかと頭をひねった。  そこで、萩は私に体調の悪いふりをするよう提案した。気がふさぎ、何やら体が重いのだと動かなければ、外には秘密にしていても屋敷内では弓を好む私を知らない者はいないので、部屋にこもりきりであるだけで十分に病だと思われるはずだと言う。 「他所の姫様なら、そのくらい普通の事でしょうけれど」  萩の言葉に少し引っかかりつつも、部屋でずっと籠っているなんて、嵐の時くらいしか思い出せない。部屋付きの女房は萩だけだから、部屋の中にいるだけで誤魔化せる。見舞いがあれば断ると胸を張った萩は、十日ほどすれば陰陽師のふりをさせた誰かに、(けが)れを(はら)うために野山の清涼な空気に包まれたほうがいいと言わせて、それとなく別邸の事を思い出させるようにしましょうと胸を叩いた。  その、陰陽師のふりを誰にさせるか――。  そこが肝心なのよね、と二人でうんうん唸っても適当な人間が思い浮かばない。屋敷の誰も面識が無く、陰陽師のふりができそうな人物――――。  あ、と手を叩いた萩が、久嗣を巻き込んではどうかと提案した。でも、それじゃあ近貞にも計画を打ち明けなければいけない。こっそりと知られずに移り、向こうに久嗣が来るようであれば、お迎えできないか打診する。そのつもりでいたから、久嗣のことなんて浮かばなかったんだけど――。  全く浮かばなかったわけじゃなくて、あの夜のことが気になって、そんなことを相談して計画に協力してもらおうと思えなかったっていうか……。
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