26 / 75

第26話

 うっとりと記憶に身を委ねていると、咳払いをされて意識が引き戻された。にやつく萩に、なんとなく極まりが悪くなる。 「恋、ですわねぇ」  頬に手を添えて、しみじみと言われた。 「そんなんじゃ、無いわよ」 「初めは、そう思うものです」 「本当に、そんなんじゃないんだってば」  私がうっとりとしたのは、弓の道を共有できたことに対してなんだから――でも、近貞がもし私を()しく思っていないのなら……姫として見てくれていたのなら――――?  あり得ないわね、と自分の考えに胸中で首を振る。そういうの、意識していなさそうだもの。人の事はいえないけれど。  ちくん、と小さく胸が痛んだ。胸を押さえて息を吐く。 「朝餉の後に、すぐ弓を引きたいわ」  心を鎮めるために。 「かしこまりました」  さっと立ち上がった萩が、支度の為に辞していく。それを見送り、近貞の文だけが収まっている箱を開けた。一番上のものを広げて、文字の上に指を置く。  ――俺の姿に自分の射る呼吸を合わせてくれたのだと、思えた。  その一文をなぞれば、胸が震える。温かくて、嬉しくて、苦しくて――。もしこれが、萩の言うとおりに恋心だったとしても、近貞が同じように思ってくれているとは限らない。弓をたしなむ姫なんて、姫だと思わずにいるのかもしれない。弓を愛する者同士の、仲間意識だけで私に文を届けてくれているんじゃないかしら。うん、きっとそう。そうとしか思えないわ。――そうとしか、思えない。  もう一度、文字の上を指でなぞる。あの夜、あの時に気持ちが重なったことを示す言葉。幻じゃなくて、確かにそうだったと、気のせいでは無かったのだと証明してくれる文を抱きしめ、目を閉じる。  心の中に、ふわりと――初めて会った時に見た満月のように、静かに輝くものが膨らんで満ちた。  ――ああ。  私は、近貞のことを恋しく思っているんだわ。  認めると、ふわふわと所在無く浮いていた何かがぴったりと胸の(うち)にはまり込んだ音が聞こえた。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!