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第25話

「姫様にも、恋しい方が出来たのですねぇ」 「そんなんじゃないわよ」  久嗣の事が頭から離れなくて、顔を上げることが出来ない。 「初めて、誰かを恋しく思えば、そのようになるものです」  自分は知っていると言外で萩が言うのに、ちらと顔を向けて体を起す。まっすぐに萩を見つめて 「萩は、恋しく思う方がいるの?」  わずかな表情も逃すまいと、目を凝らす。 「――私は、ただの片恋でしたので」  寂しげに笑う萩に首を傾げれば、私に文を届けてくる使いの者の中に、心をゆり動かされたことがあるのだという。けれどその方は、萩に私宛の文を渡した後、そそくさと帰っていく。一度、そっと後を追いかけてみれば、萩の同僚の部屋へと忍び入ったのだとため息をついた。 「けれど、あの方がいらっしゃる時は、心がむずがゆく、湧き立つのですよ」  そっと胸に手を当てる萩の笑みは、とても寂しそうで 「ごめん」  聞いてはいけないことを、言わせてはいけないことを引き出した気がした。俯いた私の手を取り、握りしめた萩が「これで良かったんです」とつぶやいた。 「あの方は、文を届けに入るお屋敷のすべてに恋仲の娘を作るのだとか。そのような男に、軽々しく身を開くことにならなくて良かったと、思うております」 「でも――」 「憧れのような、恋と申しましょうか。どうしても求めたいと感じていれば、同僚の部屋へ忍ぶ背後から声をかけていますもの」  今度はすがすがしい笑みで、萩が言う。それは強がりには見えなくて、萩はきっと本当にそうするんだろうなと思えた。そのくらいでなくっちゃ、私付の女房として立ち働けないでしょうし。 「しかし、姫様が恋をなされるとは…………。新月の宴は、面白い趣向があったと伺っております。武藤様の御子と同年代の公達ばかりを集められたのだとか」  頷きながら、面白い趣向――星明りの中で弓を引く近貞の姿が浮かび上がる。透明な気配となり、的と自分とだけが存在しているかのような感覚になる。微風のような時の流れに沿って自分と的の間に道が生まれ、矢が指を離れて進んでいく。  ぶる、と身震いをして息を吐く。  なんて、心地がいいんだろう――――。
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