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第10話

 差し出されるままに小ぶりな重箱を受け取ってしまったけれど、これ、返した方がいいわよね――というか、こんな高そうなものに丁寧に菓子を並べて持ってこれるなんて、近貞はよっぽどの重臣なのかしら。まさか、武藤家の若様なんてこと…………ないわよね、と言いかけて、彼の浮かべる無垢な笑みは守られて育った人だからなのかもしれない、と思い直した。 「ねぇ――」  ん、と瞳で問いかけてくる。くるくるとした目に、身分や家柄の事なんてどうでもいい気がした。近貞も、私が誰かを知らぬまま、月を射たっていうだけで話をするためだけに連れ去ったんだもんね。 「これ、重箱……」  ああ、と照れたように頬を掻いて近貞が目を逸らした。 「文を、もし俺と……その、交わしてもらえるのなら、その重箱を文箱の代わりにしてもらえると、うれしいのだが」  ――え。  もじもじとする近貞を見つめたまま、思考が停止する。なんだか、すごく情緒のあることを言われちゃってる――? 「だめ、だろうか」  顎を引き、私よりも背が高いくせに上目使いをしてくるのが可愛らしく 「いいわ」  言えば、ぱっと光の粉が散るように、笑顔が咲いた。 「では、宴の席にお返ししよう」  軽々と抱き上げられ、近貞の香りが鼻孔をくすぐる。飾り気のない、近貞そのものの香り――。  きゅ……。  不意に胸が苦しくなって、目を丸くする。なんで――私、別に具合を悪くするようなことなんて、していないのに。 「見つからぬように、戻らなければな」  間近で見る近貞の笑みは、さっきまでと何も変わらないのに、急に大人びたように感じられて、胸の苦しみが強まった。  どくん、どくん――。  鼓動が大きくなっていく。近貞の腕に抱き止められ進むたびに、心臓がどんどん大きくなって、全身が脈打っているような感覚になって、耳の奥でも鳴り響いて、聞こえてしまうんじゃないかと近貞を見上げるけれど、彼は真っ直ぐに前を向いたままで変わりない。
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