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第8話

「じゃあ、私はいずれ月に帰るわけね」 「帰ってしまわれるのか」 「ずっと住まうわけには、いかないでしょう」  ぬう、と唇をとがらせて考える顔になる近貞が、なんと答えるのか楽しみに待つと 「一晩だけでも、いてはくれぬか」  手を取られた。 「宴に参られたのであれば、朝までとどまっておられても、かまわないのだろう」 「まあ……でも、突然に私の姿が見えなくなったら、驚かれるんじゃないかしら」 「誰か人をやり、問題無いと言えばいい」 「近貞の部屋にいるから、と?」 「そうだ」  むく、と意地の悪い虫が起き上がった。 「どこぞの姫を強引に部屋に連れ込んだ、と?」  ふふ、とからかうように言えば、はっとした近貞の顔が見る間に赤くなっていく。だれそれの姫が可愛らしいだとか、どこそこの姫は美人だとか噂をして、手紙をせっせと書いたり宴に出ては声をかけたりしている公達とは、大違いだわ。まぁ、武家と公家の作法は違うから、武家にはそういうことをする風習は無いっていうだけなのかもしれないけれど。 「す、すまぬ」  がばりと頭を下げられたかと思うと、同じ勢いで顔を上げた近貞が 「弓を引く姿に嬉しくなり、後先を考えずに静かに語らえる場所へ連れて行きたいという衝動のまま、俺の私室に運んでしもうた。かぐや殿を想うものに、いらぬ詮索をさせては一大事! 今すぐに宴席へ戻させていただく」  連れてきたのと同じように、唐突に抱き上げて走り出そうとされて 「待って!」  ぺちっと額を叩いた。なんていうか、感情と体が直結しすぎている、と言えばいいのかしら。 「何故、止める」 「とりあえず、下して」 「ぬう」  そっと降ろされる。と、ころんと何かが落ちた。目を向けて、それが包んでもらったお菓子だと気付いて 「ああ――」  見事に潰れてしまっていることに、手を伸ばしながら声を上げた。抱き上げられて運ばれている間に、押しつぶされちゃったのね。せっかく、可愛かったのに。
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