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第6話

 見えない矢が、月に当って粉々に砕けた。 「ぁ、あ――」  奥底から噴き上がる快楽に、肌がざわめきたった。  月のかけらが舞い落ちる。  小さく漏れた声を聞き止める人なんて、宴の中にはいないだろう。だって、琴の音が響いているし、歓談をしているし、私の傍には誰もいないし――。  余韻を味わう私の視界は、月だけを映していた。私自身が矢になって月に向かい、弾けてしまう。粉々になった私は月光に抱きしめられ、白く輝く世界に何もかもを忘れてたゆたい――――。 「――え」  ふいに、抱き上げられた。  何が起こったのかもわからないまま、声を上げる間すらも失った私は、そのまま何処かへ連れて行かれる。  こういうとき、その時期を逃せば悲鳴を上げることも出来なくなってしまうというのだけれど、本当の事なんだなぁ――なんてのんきなことまで頭に浮かんだ。  私を抱えた人は、どんどんと宴の主催者の屋敷へ近づき、草履を放り投げるように脱いで上がり、そのままずんずんと奥へ進んでいく。ここまでこれば、いくらなんでも呆けた意識は正常に戻ってくるというもので――。 「あの」  声をかけつつ見上げて、息をのんだ。  子どもが何か素晴らしいものを手にしたような笑みに、上気した頬。整った鼻筋に長い睫毛。  こんなに愛らしいウサギのような公達なんて、見たことが無い。  再び呆然としてしまった私を抱えた腕は、逞しく私を抱き止めている。私に近づく#公達__きんだち__#や送られる文に焚き染められた#香__こう__#の香りなんて、一切しない。陽だまりの中にいるような匂いは、この人の体から立ち上る自然なものかしら。 「きゃっ」  足で襖を開けて部屋に入ったその人は、乱暴に私を下して襖を閉める。明かり窓から入る月光で、十分に部屋の中は見渡せた。  文机に、箪笥。次の間へ続く襖は少し空いていて、褥が敷かれているのが見えて――。  やばい、と思って公達に顔を向けると、子どものように邪気のない顔が、覗き込むように覆いかぶさった。重なった瞳が離せないほど力強く、吸いこまれそうに澄んでいる。 「俺は、近貞と言う。そなたの名を、教えてくれ」
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