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第4話
「お優しい方がくださったと、伝えておきます」
はい、会話終了。という意味を込めて、遠まわしに断る。ここで食い下がる男は風情が無いって事になるから、さらりと終わる人が多いんだけど、まれにうるさい人がいるのよね。
「それでは、また」
さりげなく手の甲を撫でて去る姿に、おっ、と感心する。これは、後で文が届いちゃう感じかしら。
ふう、と息を吐いて湖面に舟を浮かばせて戯れている人を見る。姫と、若い公達の姿は、こうしていると絵物語のようで悪くは無いんだけれど、私があの中に入ろうとは思わない。物語の恋は、読んでいて面白いとは思うけど、自分がそうなったらなんてかけらも考えたことが無い。他人事だから面白いと感じるものよ。だいたい、物語の姫君はおとなしく待ってばっかりで、流されて終わりじゃない。もし相手が最低な男だったら、あんな綺麗な終わり方をしないでしょ。都合よく、良い相手が自分に通ってくれるなんて幻想よ。
でも、そうは思っていない姫君のほうが多いのよね。素敵な方に通われて、愛されて幸せに――。愛される事こそ、女の幸せ。愛してくれる人を愛することが、支えることが最良。
ああ、そう。そうですか。じゃあ、それでいいんじゃない。でも、私にそれを押し付けないでよね。
なんて思っていることは、内緒。知っているのは萩と姉様のみ。父様も、薄々は勘づいているのかもしれない。だって、この間こっそり弓の稽古をしていたら、予定よりも早く帰ってきて見られてしまったんだもの。
あの時は、相当びっくりしたわ。何か怒られるんじゃないかと思ったんだけど、父様ってば上品に笑って、勇ましい姫に育ったものだって言っただけで済んだどころか、新しい弓をどこかから調達してくださったんだもの。別の意味で、びっくりしたわ。
おかげで、こそこそせずに私は弓の稽古に励むことが出来るようになったのだけれど。
弓は、本当に奥深い。
ぴしりと背を伸ばして深く息を吸いこみ、自分の体も弓の一部であるように思えるあの感覚。矢が手元を離れ、目線の先に吸い込まれていく時の、全ての景色が消えうせたような――私と的だけが存在し、矢がそれを繋ごうとしているように思える瞬間は、何よりもぞくぞくと体の芯を震わせる。それが的を射ぬいた瞬間に、ぱっとはじけて熱いものが体の隅々まで広がっていく高揚は、恐ろしいほどに気持ちが良くて、夢中になっていたら筋がいいって褒められた。狩場に連れて行きたいくらいだなんて、言われるほどの腕前になった。私だって、狩場に行って腕を試したい。けれど、そんなことが許されるはずもなく、吊るした的を揺らしてみたりしながら、動く獲物を射止める練習を続けるしかないんだけれど。
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