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扉は開けてあるか閉まっているかのどちらかだ

 お風呂から上がったあと、大急ぎで寝室へ移動し準備した。  まずは気分を盛り上げるための匂いだ。こっそり部屋に運び入れた紙袋の中から小瓶を取り出し、一滴だけ布袋に垂らすと、イランイランのエキゾチックな甘い香りがした。この匂いはサンダルウッドとともに、男性に催淫作用をもたらすと言われている。サンダルウッドの方が好きな香りだったけれど、イランイランは女性のホルモンバランスを整える効果があるから、それを選んだのだ。人によっては苦手な香りらしいが、それはどうやらホルモンバランスが関係しているらしいと聞いている。部屋に広がる香りを嗅いでみるが、苦手ではないものの、なんとなく甘すぎるような気がした。  そして次に準備したのは、ランジェリーショップで買い求めたセクシーなランジェリーだ。ブラとタンガ急いで身につけたあと、同じデザインのベビードールを身につけた。ベッドサイドに置かれた月を模したライトの柔らかなひかりを浴びながら、壁に掛けてあるウォールミラーに近づいて、そこに映った自分の姿を見て言葉を失った。 (何これ。超エロすぎるんですけど……)  薄い布地は体を覆っているとはいえ、胸だけを隠しているだけにすぎない。おなかも股間もバッチリ丸見え。しかも両胸を覆う布同士を、レースのリボンが繋いでいるだけだ。もちろんそのリボンを解いたら、ぱっくりと開いてしまう。コンプレックスだった大きな乳房が窮屈そうに布で押さえつけられているせいで、ブラのレースが生地に浮かび上がっていた。  通常ブラのカップにほどこされるレースは薄い生地に糸で刺繍して作られるものだが、いま私が身につけているブラとタンガはそのようなレースでできているわけではない。細い糸を編んでできあがったものだった。  全く実用性のないランジェリーの存在を知ってはいたが、まさか自分がそれを身につける日が来るとは思わなかった。はじめの頃こそ無我夢中になって準備をしていたけれど、鏡に映る自分の姿を眺めているうちに、気持ちが冷めてきた。やっぱりやめよう。ここまで準備したにも関わらず、また拒まれてしまったら、今度こそ立ち直れない。駄目なら駄目で彼に別れを告げようと決めても、心がぐらぐら揺れ動く。  出会いこそ友人からの紹介だが、その先は私と彼の問題だ。それこそただの欲望で私を側に置いているだけならば、とっくにキスもセックスもしていただろう、昔の恋人たちのように。  でも彼はそうしなかった。しかし恋人というより、友達に近い関係を続けていることが不安だった。もしかしたら友人の手前付き合うことにしたが、いずれは別れるつもりなんじゃないかと思って。  しかしそうであっても、ベッドで一緒に寝ることを許すだろうか。触れあわないまでも、手を繋いで歩くだろうか。そして一緒にDVDを見ているうちに寝てしまった私に膝枕してくれるだろうか。この半年間の出来事を振り返っているうちに、もう少しだけ待とうと思った。  だってアクシデントのようなキスとはいえ、ちゃんと深いキスもできたから、いずれセックスだってできるはず。もうちょっと待つくらいいいじゃない。私たちには、まだまだ時間がたっぷりあるんだから。 「着替えよ……」  鏡に映る自分に告げたあと、ベッドの上に用意していたパジャマを手に取った、そのときだった。部屋の外から足音がして、しかもこっちに向かって近づいている。私はパジャマを手にしたまま、その足音が通り過ぎるのを待つことにした。だが、よくよく考えてみればリビングからこっちの方向には寝室しかなく、彼がここへ近づいていることは明らかだ。  彼をその気にさせるための香りを振りまいた部屋で、その気になるようなセクシーなランジェリーを身につけている私は、パジャマに着替えるべきか、それともベッドの中に潜り込もうか考えていた。そうこうしている間に、部屋の扉が開かれた。彼がいつものように部屋に入ろうとしたのだが、何かに気づいたのかピタリと足を止める。 「なんだ、この甘ったるい匂いは」  彼がぼんやりと明るい部屋を見渡した。そしてしっかり目が合った。気まずさを感じるいとまもないまま、凍り付いたようにその場から全く動けなくなってしまった。どっと冷や汗が噴き出し、みるみるうちに体感温度が下がっていく。彼は私を見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。 「みずき、お前、その格好……」  ああ、もう駄目だ。彼は表情こそ変わっていなかったけれど、声が低いところをみれば、いい気分ではないらしい。このとき、よく考えもせずに焦ってばかりいた自分自身が恥ずかしかった。それと同時に、その結果自らこの関係にヒビを入れてしまったことに気がつき、彼から目をそらしてしまう。きまずい空気が漂う中、それまで動こうとしなかった彼がゆっくり近づいてくる。 「ご、ごめんね。驚かせて。でも、すぐに着替えるから。それに……、私、帰る」  無言のまま近づいてくる彼から逃げるように、パジャマを持ったまま部屋から出て行こうとした、そのとき。 「帰る、ってどこに?」  明らかに怒気がこもった声だった。地を這うように低い声のせいで、体が急に動かなくなる。 「じ、自分のうちよ」 「それに着替えるっていっても、お前が着ていた服はあいにく全部洗濯中だ」 「はあ!?」  慌てて振り返ると、彼がむすっとした顔で間合いを詰めるようにしながら近づいてくる。そして重い口をゆっくりと開いた。 「それでも帰るっていうなら、俺にも考えがあるぞ、みずき」 「はい?」 「日頃俺がどれだけ我慢しているか、たっぷり教えてやろうか? 特に昨日なんか、まるで修行僧にでもなった気分だったぞ」  彼が話している言葉の意味が分からない。だけどこれだけは、はっきりと分かる。今私は窮地に立たされているのだと。その証拠に、彼は腹黒男がするような狡猾そうな笑みを浮かべて、私を見つめていた。
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