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人生にはときおりアクシデントが起きる

 浴室のドアを開くと、彼はシャワーを浴びていた。たくましい背中にはボディソープの泡がくっついていて、降り注ぐシャワーがそれを洗いながしている。泡は小さくなりながら、引き締まった腰を経由して、小ぶりだが形のいい尻に行き着いた。セックスのたびに夢中になって掴む尻臀(しりたぶ)の曲線に合わせて、泡が小さくなりながら落ちていく。裸のまま浴室の入り口でその様子を眺めていると、突然彼が振り返った。 「なにしてるんだ?」 「背中、見てたの」  そう言って笑いかけると、彼は泡のことなどお構いなしに、私を引き寄せた。 「背中なんか見てないで、入って来いよ。ほら」  引っ張られた勢いで、彼の胸に飛び込んでしまう。温かいシャワーで濡れた体に抱きつくと、おなかに彼の硬いものが触れた。熱い。ボディソープが体についたままになっているせいで、ぬるぬるとしている。 「まったく、とんだ処女だっただけでなく、痴女だったとはな」 「ちっ、違うよ。背中を流してあげようかなって、思っただけ、だもん……」  彼にからかわれ、ムキになって言い返したけれど、どんどん尻すぼみになっていた。それはおなかに当たっている硬いものが気になって仕方が無かったからだ。 「じゃあ、洗いっこしようか?」 「洗いっこ?」  そう聞き返したと同時に、私は体をのけぞらせた。彼の指先が、急に背中を掠めたせいで、震えが走ったからだった。彼の指先は迷いなくどんどん下りていき、ついには腰とお尻の境までたどり着いた。 「洗ってあげる。隅から隅まで全部、ね」  艶めいた低い声が頭上から聞こえてきた直後、お尻の割れ目に太い指が差し込まれた。  官能小説なんか、全くと言っていいほど興味がなかった。そもそも女性向けの官能小説なんか、男性向けのそれとは違い、メジャーなものではない。しかし最近では女性向けの官能作品も書店に並ぶようになり、お店からもらってきた雑誌にもそれらが紹介されていた。その中で特に目を引いたものは、男性向けの官能小説作家と結婚したばかりの女性が書いたものだった。  なんてことはない、日常のなかに潜むエロティシズムを意識しながら書いたらしい。俗に言うシンデレラストーリーは得意な人が書けばいい。自分にしか書けないことってなんだろうと突き詰めた結果、そのようなものになったと、小説の後書きに書かれていた。  彼女が書いた小説を片っ端から読み漁ってみると、確かに日常が舞台の作品ばかり。そのなかでも、些細なすれ違いが積み重なって、別れたほうがいいかもしれないと、ヒロインが恋人の背中を眺めながら泣いているシーンが今の自分の姿と重なって見えた。  彼がシャワーを浴び始め、私はその小説の中に書かれていたものを頭の中で思い出していた。そして、これからそれをしようとしているのだが、それが成功する可能性は極めて低い。  でもやるしかない、やって駄目なら次の手だ。そう開き直って、私は着ているものを潔く脱いだ。そして磨りガラスの向こうに見える彼の体を見ながら、深呼吸を繰り返す。自分に気合いを入れてから浴室のドアを開くと、彼の体がすぐ目の前にあった。しっかりと筋肉がついたたくましい背中や、引き締まった腰に目が釘付けになる。 (うわあ……。ものすっごくいい体じゃない!)  彼が腕を動かすたびに、背中の筋肉がそれに合わせて動く。ボディソープの泡が、隆起したところを避けながら流れ落ちていた。水泳選手のような見事な逆三角形の背中は、腰に向かってぎゅっと引き締まっている。その下にはキュンと盛り上がった形のいいお尻があった。そこから伸びる太ももは太くたくましい。ふくらはぎについた筋肉が、こぶのよう盛り上がっていた。男性の筋肉美を言い表す言葉の中に、「まるでギリシャ彫刻のよう」というものがあるが、目の前にある男の後ろ姿はまさにそれ。余計な脂肪が一切ないところが、彼のストイックさを暗に物語っていた。 「みずき? なにしてるんだ?」  低い声が浴室内に響く。突然現実に引き戻されたせいで、頭がうまく回らない。あの小説のなかで、彼女はどんなセリフを言ったか思い出せなかった。 「い、一緒にお風呂に入ろうと思って……」 「はあ?」  彼が顔を不機嫌そうにしかめたのを見てしまい、自分がやろうとしていることがなんとも愚かしいもののように思えてきた。やはり現実は厳しい。書かれていたものは所詮幻想(ファンタジー)だ。みるみるうちに気持ちがしぼんできて、それだけでなく無意識のうちに後ずさりまでしていた。 「早く風呂に入りたいなら、もう少し待ってろ。すぐにあがるから」  私を見ることもなく、彼が再びシャワーを浴び始めた。背中を向けられたとき、急に悲しくなってきて、夢中になって彼の体にしがみついた。彼の体がびくっと震える。シャワーのせいか、はたまた彼の体温か。抱きしめた体がとても温かく感じた。触れたところから伝わってくるぬくもりが、もっと欲しくてたまらない。彼の腰に回した手に力を強くすると、その手をやんわりと掴まれた。 「こんな狭いところで風呂に入ったって、ゆっくりなんかできないだろう? だから離せ」  ぽんぽんと手をたたかれた。だけどこの手を離したら、もう二度と彼を捕まえられない気がして、私は首を横に振る。そして更に強い力で抱きしめた。すると急に彼が私の手を体から引き剥がし、体をくるりと反転させながら、掴んだ腕を引っ張った。強い力で腕を引っ張られたせいで、つんのめったまま飛び込んでしまったのは、彼のたくましい胸。初めて触れた彼の胸はとても硬かった。 「おい……」  地を這うような低い声が頭上から聞こえてきた。恐る恐る顔を上げると、彼は顔を苦しそうに歪ませている。 「全く、どうしろってんだよ、これ……」  彼が切なげに目を眇めて、苦しそうに吐き出した。何が起きているのか分からず、私は顔を上げたまま向けられている目を見つめ返すことしかできない。しかし、ここで予想外の出来事が起きた。突然彼の顔が近づいてきたのだ。  顔を近づけさせながら、目を眇める彼。スローモーションのようにゆっくりと近づく彼の表情を見ているうちに、抱きしめる腕の力が強くなった。そして突然唇に柔らかなものが押しつけられる。それが彼の唇だと理解できたのは、弾力のある舌が唇を割って入り込んできたときだった。
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