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第58話

 八重子の口から出たのは、小さな疑問の声だった。けれどその「どうして」には、さまざまな疑問が含まれている。向けられた疑問の意図を汲んで、優斗が困ったように微笑んだ。 「ライバルに挑むっていうか、なんていうか。八重ちゃんが憧れている人の手で、本当の僕を描いて貰いたかったって言ったら、格好いいんだけど。――石渡先輩なら、偏見とか持たずに受け入れてくれそうだったし、水彩で西洋画みたいなものを描いてみたいって言っていたし、それに」  それに? と八重子は優斗の伏せられた目を覗きこんだ。 「憧れの人の筆なら、八重ちゃんが信じてくれるかなって。これを見て貰って、告白をしようって考えたんだよ」  はにかんだ優斗が、情けないよねと呟く。八重子はきゅっと手を握り、首を振った。 「私も一緒だよ」  優斗が情けないというのなら、自分だってそうだ。八重子は、頼りない自分でも彼の支えになれる可能性にうれしくなった。 「八重ちゃん」  優斗が声を弾ませて八重子の手を引き、八重子は導かれるままに足を動かす。今度は何処に連れて行かれるのかと、八重子の胸が楽しみに膨らんだ。  到着したのは、相馬の散歩道。  八重子が美優の姿の優斗と、憧れの礼司の姿を見て嫉妬に沈んだベンチだった。 「座って」  言われるままに腰掛けた八重子の前に、優斗がひざまずく。 「あの絵を見て、どう思った?」 「……綺麗だなって。天使みたいだなって思った」  八重子は瞳に残る絵の印象を追った。それが目の前の優斗と重なり、小さな不安にくすぐられる。 「手の届かない人みたいな感じがしたよ」  ぽつんとこぼれた八重子の不安を拾うように、優斗が八重子にキスをした。 「もしも僕が天使なら、八重ちゃんのために遣わされたんだ」 「私のため?」 「うん。――八重ちゃん」
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