義英の名が出た事に、八重子はまたたいた。どうして今、彼の名が出てくるのだろう。 「あの人と付き合うと、八重ちゃん、泣くはめになると思う」 　控えめな口調で、けれどきっぱりとした気配で、美優が言う。それに、八重子は首を傾げた。 「私と柏木先輩が、付き合う？」 　八重子の様子に、美優が困惑気味に瞳を揺らした。 「話って、その事じゃないの？」 　小さく八重子が首を振ると、美優が「うそ」とささやくように驚いた。 「どうして、私が柏木先輩と付き合うと思ったの」 　八重子が問うと、美優は体を縮めるように肩をすぼめてうつむいた。 「八重ちゃんからの着信を見て、折り返してもメールしても返事が無くって。それで、どうしたんだろうって思って。……学校にも来てないから、誰か八重ちゃんの事を知ってる人いないかなって、聞いて回ったの。そしたら昨日、柏木先輩と手を繋いで学校を出て行ったって聞いて、ビックリして」 　八重子が強引に手を引かれて連れ出された時、校内には沢山の学生がいた。それが付き合っているという噂の種になってしまったとしても頷けると、八重子は美優の勘違いに納得をした。 「それで、私が柏木先輩と付き合っていると思ったのね」 　八重子が断定的な声音で問えば、美優は肯定とも否定とつかぬように頭を動かした。 「柏木先輩が、八重ちゃんと付き合うって」 「え」 「キス……したって」 　消え入りそうな声で言いながら、美優は八重子にすがるような目を向けた。否定をして欲しいと、瞳に書いてある。八重子はどうして義英がそんな事を美優に言ったのか、わからなかった。八重子が衝撃に飲まれれば、美優が勢い込んで問いを発した。 「八重ちゃんは、いつから石渡先輩じゃなく、柏木先輩を好きになってたの。いつのまに、柏木先輩と付き合うことにしたの。私、私……何も知らなかった」 　ひどく傷ついた様子の美優に、八重子の胸が絞られたように痛む。 「美優ちゃん。私、柏木先輩と付き合うつもりなんて無いよ。なんでそんな話になってるのか、ぜんぜんわかんない」