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第36話

 どうしてもっと早く気付かなかったのだろう。漠然と抱えていたものに従い、行動をしなかったのだろう。 「美優ちゃん」  つぶやいた八重子はスマートフォンの電源を切り、ふらりとした足取りで楽しげな人々の間を抜けて行った。  八重子はアパートの隅で膝を抱えて座っていた。  昨日スマートフォンの電源を切ったまま、一度も入れていない。閉め切ったカーテンの隙間から、朝だと告げる明るい光が差し込んでいる。今日はいい天気のようだ。  昨日。  八重子は呆然としながら帰宅し、シャワーを浴びた。そうすれば何か余計なものが取れて、真実が見えるような気がした。けれどもそんな事にはならず、気付いた想いに途方にくれるしかなかった。  大学に入り、一番に声をかけてくれた美優。  雑誌の中から抜け出たような、美人でオシャレな彼女に、八重子は惹かれた。どうしても友達になりたいと、強く願った。その思いが通じたのか、美優は八重子を見つけると、笑顔で傍に来てくれた。  大学生になったとたんに垢抜けた、幼馴染のあーちゃんの言葉。大学デビューする子は多いという枠組みの中に、自分も入るのだと八重子は思っていた。美優は八重子の理想そのもので、彼女の傍にいれば、自分も同じであるように感じられた。  ううん。  違う。  八重子は首を振り、脛を引き寄せて膝に額を乗せた。  美優と同じだと思ったことは無い。彼女といれば、冴えない自分がさらに浮き彫りになった。自分というものを突きつけられてしまうというのに、八重子は美優の一番でありたいと願い、彼女に気遣われる事を望んだ。  どうして。  変わろうとしなかったのは、出来なかったのではなく、したくなかったのかもしれないと、八重子は思った。頼りなく、情けない自分であり続ければ、美優は自分を案じ、かまってくれる。意識の端に、そんな考えがあったのでは無いだろうか。
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