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第34話

 そう思った瞬間、閃いた言葉があった。 「自分のためです」  義英が首を傾げる。 「努力するのは、自分のためです」 「はぁ?」  バカにする調子に、八重子は唇を引き結んで立ち上がった。手の中のカップが揺れて、中身が二人の手にかかる。 「うわっ」 義英が手を離した隙に、八重子は急いでバッグを手にし、頭を下げて逃げ出した。  心臓が破裂しそうになるまで走り続けて、八重子は荒い息を吐きながら振り返った。義英が追いかけてくる様子は無い。 「はあ」  胸に手を当てた八重子は、ガードレールにもたれかかった。かわいくなろうと努力をする理由が、義英の言うように、異性の注目を集めたいという人もいるだろう。けれど、全員がそうじゃない。  泣いている時、義英は傍にいてくれた。立ち去るかもしれないと感じた時に寂しさを覚えたのは、自分だけが置いてきぼりをくらった気がしたからだ。誰でもいいから傍にいて欲しいと願う、頼りなく情けない弱さから生じたものだろう。 「情けないなぁ」  ぽつりとつぶやいた八重子は、ぽっかりと胸に大きな空洞が空いていたことに気付いた。そこに冷たい風が吹いている。この空洞は、いつ出来たのだろう。 「美優ちゃん」  自然と名前がこぼれ出て、八重子は震えるほど彼女に会いたいと望んだ。急いでスマートフォンを取り出し、美優に電話をかける。  お願い。出て――!  けれど電話はコール音を鳴らすばかりで、八重子は肌身が冷たくなるほどの落胆を抱えながら、電話を切った。
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