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第31話
「――すみません」
ようやく落ち着いた八重子が、顔を隠したまま呟けば、出し抜けに義英が「デートしようか」と声を放った。
それは本当に、放ったという表現がしっくりくるほど、空に向かってポーンと投げられた。
驚いた八重子が顔を上げれば、義英が西洋の物語に出て来る騎士のように片膝を着き、胸に手を当て八重子を誘う。
「俺と、デートしてくれますか」
「でも、その、私」
うろたえる八重子に破顔して、義英がしっかりと彼女の腕を掴む。
「つべこべ言ってねぇで、行くぞ」
ほらと腕を引かれた八重子は立ち上がり、てきぱきと片付けをすませた義英に追い立てられるように、キャンパスを後にした。
あれよあれよという間に連れ出された八重子は、居心地の悪さを持て余していた。義英は自分を気遣ってくれているのだろうが、それは八重子に硬質な感触を与えていた。自然に受け止める、というのではなく、それを手にしなければ失礼だ、というイメージと言えばいいのだろうか。
「ほら」
「ありがとうございます」
ぎこちない笑みを浮かべ、八重子は差し出されたフレーバーコーヒーを受け取った。チェーンのコーヒーショップはそこそこの賑わいで、八重子の目には誰もが都会的に見えた。そう思う自分は、いつまでたっても田舎者なんだと、ほんのりとした劣等感を刺激される。
義英は申し分なくモダンな店内に溶け込んでいた。入り慣れていると、彼の佇まいが物語っている。八重子はといえば、美優がいなければファストフード店にさえ入れない。大学に入るまでは、このコーヒーショップは憧れの場所で、今では嫉妬と羨望の両方をくすぐられる空間だった。
カップを両手で包み、そっと唇をつける八重子の喉を、なだめるような甘さが通り抜ける。けれどそれで心が落ち着くことは無く、理由のわからないざわめきが、八重子の胸にありつづけた。
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