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第30話

「わかっています」 「ん?」 「こんな事をしても、美優ちゃんみたいになれないって、わかっています」  八重子の脳裏に、礼司に声をかけられて、はにかむ美優の横顔がこびりついている。 「だからって。思い知らせるために、こんな事をするなんて酷いです」  八重子はずるずると幹に背を滑らせ、膝を抱えてうずくまった。 「わかっているんです」  目の奥が熱くなり、八重子は歯を食いしばった。自分が滑稽すぎて、悲しくなる。泣くまいとしているのに、顔を押し付けている膝が濡れた。 「八重ちゃん」  ぽんっと軽く、八重子の頭の上に大きな手のひらが乗った。義英の声音と呼び方が、いつも通りになっている。 「ビックリさせちゃったな」  悪かった、と心底困った響きの声に、八重子の胸は詰まり、目の奥からとめどなく涙が溢れた。情けなくて、八重子はこのまま小さくなって消えてしまえと、膝を抱える腕に力を込めた。  自分が一人ぼっちで、置いていかれたような気分になっている。  美優ちゃん、と八重子は意識で呼んだ。  しっとりとしたハスキーボイスで「八重ちゃん」と呼んでほしい。長く綺麗な指で、大丈夫だよと示されたい。この大学に入ってからずっと、自分を守り支え、勇気を与えてくれた美優の笑顔を、今すぐ見たい。  ふっと、柔らかな吐息が八重子の髪に触れる。立ち上がる気配に、義英が去ってくれるのだろうと八重子は思った。すると、安堵と共に寂しさが八重子を抱きすくめた。  自分の感情が理解できない八重子の横に、ぬくもりが触れる。軽く背を叩かれて、義英が自分の横に移動したのだと知れた。詰まった胸が熱くなり、八重子はまた涙を膝に滲ませる。  どうしてこんなに泣いているのか、八重子は自分でもわからなかった。色々な感情が乱雑に出された絵の具のように、それぞれの色を主張しながら存在している。それを持て余した八重子は、気持ちが静まるまで涙が治まってもうずくまり続けた。  その間、義英は何も言わずに、八重子の隣に座り続けていた。
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