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第25話

「ポーズとかは気にしなくていいぜ。八重ちゃんは自分の絵を描いておいて。俺が勝手に、八重ちゃんを写生しちゃうから」 「あの……」 「今更、モデル辞めますとか言うなよ? 八重ちゃんのことは、歓迎コンパの時から目をつけていたんだからさ」 「え」 「サークルに入ってくれて、ほんと助かった」  ありがとなと言われ、八重子は断れなくなった。義英のためにサークルに入ったわけではないが、それを口に出すのはためらわれる。八重子の気配を察したのか、義英が笑顔のまま眉を下げた。 「ま、俺のために入ってくれたわけじゃないだろうけど」  義英の苦笑になぜか、先ほどの礼司と美優の姿を思い出し、八重子は寂しくなった。 「それで。八重ちゃんは何を描くの」 「ベンチを」 「ベンチ?」  頷いた八重子は手を伸ばし、先ほど美優の座っていたベンチを指差した。 「へえ。面白いな」  義英の言葉を自分の内側に取りこむように、八重子は深く顎を引いた。キャンバスの中に、ぽつりと取り残されたようにベンチを描こう。  八重子の脳裏に浮かんだイメージは、憧れの人と大好きな友達に置いてきぼりをくらったような、頼りなく寂しい今の心情にピッタリと重なった。  講義やアルバイトの合間に行う活動は、必ず義英と予定が合うわけではない。一週間という期限を会長は設けていたが、ほとんどのメンバーが自主的に期間を延長していた。  何を描いているのと美優に問われた八重子は、仕上がるまで秘密と答えて「美優ちゃんは」と続けそうになるのを堪えた。礼司に声をかけられていた美優の姿が脳裏から離れず、聞くのが怖い。幸い、美優は自分が何をしているのかを、八重子に話さなかった。礼司の名前が美優の唇からこぼれるのが怖くて、八重子はサークルの事から話を変えた。 「美優ちゃんのその爪、かわいいね」 「ん? ありがと。ちょっと梅雨をイメージしたんだぁ」
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