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第16話

 八重子の耳には、はしゃぐ声が届いていた。カメラを手に、サークルの仲間に被写体になってくれと頼んでいた先輩がいた。おそらく声はその先輩や被写体となった誰かのものだろう。あるいは、義英のものかもしれない。彼は人懐こく、サークルの中心のような人物だった。しつこく八重子にメールをしてきたり、絡んでこようとしていたのだが、最近はそれが無い。美優との橋渡しにならないと踏んだのか、自分をからかう事に飽きたのだろうと、八重子は思う。  明るい声がそよぐ中、それらを自分とは違う世界の音のように感じながら、八重子は林のおおらかな景色に目を奪われ、誰もが見落としてしまいそうな花を描く。 「あ。八重ちゃん」  声がかかり、八重子は首を巡らせた。やっほーと言いながら、美優が軽く手を振っている。細身のジーンズで包まれた、すらりとした足を動かし近付いてくる姿は、街中で見る時と変わらなく綺麗だ。違って見えればと願うように思っていた八重子の気持ちが、美優の姿に溶かされてさらりと消えた。  そうだよねと心の中で呟いて、八重子は眩しそうに目を細める。 「どうしたの。美優ちゃん」  肩をすくめた美優が、八重子の横に座った。 「佐久間先輩が、被写体になってくれってうるさくって。逃げてきちゃった」  いたずらっぽい美優の笑顔に、彼女が花なら、きっと林の景色の中にあっても、人の目を惹きつけて魅了するだろうなと、八重子はうらやましくなった。 「八重ちゃんは、何を描いてんの?」  ひょいと首を伸ばした美優が、スケッチブックに咲く花を見て、目線を前に動かし、にっこりとした。 「八重ちゃんらしいね」 「私、地味だから」  恥ずかしさと情けなさに包まれて、八重子がスケッチブックを抱きしめれば、美優がきょとんとした。 「どういう事?」 「えっと。ほら……地味だから。だから、地味な花を選んだって事なんだろうなっていうか、その」  美優ちゃんみたいに綺麗なら、もっと素敵なものを見つけて描けたかもしれない。
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