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第3話

「本名で、呼ばれたいな」 「本名?」  言われてはじめて、八重子は気付く。女性のフリをしていた美優。本来の名前が“美優”であるはずは無い。 「教えてくれるの?」 「もちろん。これから、男として八重ちゃんを愛そうとしているんだから」  ほわり、と八重子の胸があたたかなものに包まれた。 「知りたい」  美優の本当の名前を知る。それは特別な秘密を共有するようで、八重子はワクワクした。 「教えて。美優ちゃんの本当の名前。男の人として……恋人として、私を愛してくれる人の名前を」  真っ直ぐな八重子の目に唇を落とした美優が、強張った声を出す。 「僕の、本当の名前は――」      ☆★☆  大学のキャンパスに足を踏み入れるのは、高橋八重子にとって胸躍る事ではなくなっていた。慣れた、というのではなく、自分の身の程を思い知ったというべきか。  都会の生活に憧れ、わざわざ下宿をしなければならない、遠くの大学を受験し、見事合格した。これからは都会の人間として、オシャレに日々を過ごすのだ。  そう意気込んでいたものの、入学式を終えて一週間もすると、自分が非常に野暮ったいという事に気付いてしまった。憧れのコーヒーショップでフレーバーコーヒーを頼み、それを片手に何かオシャレっぽい本を読む、というささやかだけれど地元にいては、到底叶わぬ夢を抱えていた八重子にとって、それを当たり前だと認識している学生たちの姿は、まさに異国の人々として映った。さりげない会話の端々に登場する、馴染みの店として語られるチェーン店やショッピングモールの名は、八重子の出身地からすれば夢の世界。それこそテーマパークのような響きを持っていた。 「ああ」  自分で望んで来たというのに、八重子は遠い世界にひとり、放り出されてしまったような心地になった。
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