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第13話

「私って、魅力ないのかなぁ」  ぼやいた真彩は、膝上のポチにもたれかかった。ポチはふにゃんと重さを支える。 「そりゃあ、美人でもないし? かわいくもないし、セクシーでもないけど……でも、あそこまでしてくれるんなら、最後までいってもよさそうだよねぇ」  プルプルとポチが震える。勝手に同意と受け取った真彩は、ポチを撫でながらぼやき続けた。 「経験豊富ってわけじゃないから、誘惑の手練手管っていうの? そんな技術もないし。そういうのがあったら、グラペウスを夢中にさせられたのかなぁ」  深いため息をつきながら、ポチに顔を伏せて目を閉じる。夢のなかでもグラペウスは真彩にキスやそれ以上をしてくれた。しかし真彩が欲しいものは与えてくれなかった。欲しいと望んでも、グラペウスはくれない。  手を携えて頂上を目指したのに、いよいよとなったら強引に背中を押されて、高い空にひとりで放り出されたようなものだ。 「あーあ」  ため息を音にして、真彩はむくれた。 「名前も教えてくれたのに……これって、アレよね。婚姻届けに名前は書いたけどハンコは押してもらえていない、みたいな感じよね」  ちょっと違うか……と自分でツッコミつつ、そう遠くない例えかもと感心もする。グラペウスがいないと、真彩はヒマだ。部屋から出ようとするとポチに邪魔をされる。部屋は広いが、意味もなくグルグル歩いてもたのしくない。  できることといえば、ポチにぼやくか、ポチと遊ぶか、バルコニーから景色をながめるくらいだ。 「魔王っていうくらいだから、いろいろと忙しいのかな」  仕事を任せられる相手がいたら、グラペウスに時間の余裕ができて、もっと一緒に過ごせるのではないか。そんな思いつきで学校を作ってみればと提案したのだが、魔王の仕事を教えるのなら、普段の仕事プラス教育の時間も取らなければならないので、任せられる人材が育つまで、グラペウスはもっと忙しくなってしまうかもしれないと気づく。 (でも……いまはそうでも、長い目で見れば、そっちのほうがいいはず。ああ、だめ。やっぱり、だめ! 私の荷物が返ってきたら、私、ここから出されちゃうんだもん)  悠長なことはしていられない。もういっそ、荷物は永遠に取り戻せなければいいのに。人間の世界やいままでの生活に未練はない。祖母や両親、友人たちのことは気になるけれど、グラペウスと別れるよりはずっといい。結婚して外国に移り住んだと思えばいい。 (まあ、うんと遠い外国みたいなものだけど)  そっと息をこぼして、祖母や両親、友人たちの顔を順番に思い浮かべる。あいさつくらいはしたいけど、それを言ったらグラペウスは郷愁を抱えていると考えそうだ。 (どうして、そんなに私を帰したがるのかなぁ)  結婚すると一方的に約束をしたけれど、グラペウスもまんざらではないはずだ。でなければ夢を渡って会おうなんてしないはず。 「ねえ、ポチ。グラペウスは私のことが、好きなはずよね」  ぷくっと体の一部を伸ばしたポチが、コクコクと伸ばした部分を縦に動かす。 「だよねぇ。ポチから見ても、グラペウスは私を好きってわかるんだから、勘違いじゃないよね」  それなのにどうしてと、真彩は深いため息をこぼした。 「魔物は怖いものだから、人間の私が心配ってことなのかな? でも、ポチはこんなになついてくれているし、お茶とかお菓子を運んでくれる人もいるし……あの金平糖みたいなものを、くれた人もいるもんね」  金平糖をくれたものと、食べ物を用意してくれているものは同一人物かもしれないが、すくなくともポチのほかにも友好的な魔物はいる。  グラペウスに連れられて森に出て、妖精の歌を歌ったときには観客が集まってきた。姿は見えなかったが、排除をしようとはしてこなかった。横に魔王がいたから遠慮をしていたのではなく、様子見の雰囲気があった。好感めいた視線も感じた。 (いまのところ、大丈夫なんだけど……そういう場所を選んで、連れて行ってくれているだけなのかもしれないし) 「ああ、もう。情報がぜんっぜん足りない! もっとなにか、こう……協力者がいるわ。ポチのほかに、グラペウスについてとか、この国のこととかを教えてくれる、会話ができて知識のある人! ねえ、ポチ。そういう人を連れてきてくれない? 話し相手が欲しいのよ」  ポチはキュッと体をななめにすると、膝から下りて扉の向こうに姿を消した。  期待を込めて扉を見るが、いつまでたってもポチは戻ってこない。 「そんなに簡単に協力者が見つかったりは、しないかぁ」  やれやれと肩を落として、ふと気づく。 (ポチがいないのなら、扉を開ける邪魔はされないんじゃないの?)  緊張と期待に胸を高鳴らせ、真彩は足音を忍ばせながら扉に近づいた。キョロキョロと室内を見まわし、なんの気配も視線もないと確認する。部屋の壁にしつらえられているランプの明かりが届かない影に、だれかが隠れている様子もない。  ゴクリと喉を鳴らして、真彩はおそるおそるドアノブに手をかけた。なにも起こらない。ドアノブをまわして、すこしだけ扉を開く。音もなく扉は開き、真彩は隙間から向こうをのぞいた。真っ暗でなにも見えない。 (明かりがいるわね)  足元が見えないまま、手探りで進むのは危険だ。真彩は壁のランプが取れないかと、手を伸ばしてみた。 「んっ、ん……だめ、硬い」  しっかりと壁に固定されているランプは、どうあっても取れそうにないと落胆する。暗闇を手探りで進むしかないのだろうかと思いつつ、考えをめぐらせた真彩は「そうだ」と手のひらを打った。 「お土産に、すこし持って帰ったんだった」  洞窟で採取した苔を小瓶に入れて、バルコニーに飾っていた。星の光をたっぷりと吸った苔は、ほんのりと青くかがやいている。やわらかな光に、真彩はニンマリした。含んだ星明りで、どのくらい光っていられるのかはわからないが、灯りがないよりはずっといい。いざとなればポチを呼んで、部屋に連れ帰ってもらおう。  よしっと気合を入れて、真彩は扉に戻ると慎重に開き、すり抜けるように部屋を出た。真っ暗な空間で、ぼんやりと苔が光っている。弱々しいが、しっかりと発光しているそれを足元に近づけて、すり足で前に進んだ。前かがみになっているので、泥棒になった気がする。 (完全に不審者よね)  自分の状態を笑った真彩は、手を伸ばして壁を探した。ひんやりとした石が指先に当たって、身を寄せて壁伝いにそろりそろりと進んでいく。廊下らしき場所に明かりはない。食事のワゴンを運んでくれるものは、灯りを持ってここを通るのか。それとも夜目が利くのだろうか。  呼びかけてみようかとも思ったが、喉が渇いて声を出せそうになかった。恐怖はないが、得体の知れない場所にいる緊張はある。それが真彩の筋肉を硬くして、喉を乾かしていた。 「ポチは、どこに行ったのかな」  考えを言葉にするのは、暗闇に押しつぶされそうになる心をなだめるためだ。そうしなければならないくらい、闇は深かった。苔の明かりがなければ、とっくにくじけて部屋に逃げ帰っていたかもしれない。  足元に段差が見えて、真彩はそろそろと足を下ろした。どうやら階段らしい。一段一段、足元をたしかめながら降りていく。なんとなく段数を数えた真彩は、二十三段目で階段を下り切った。  苔の入った小瓶をかかげて、周囲をたしかめる。苔の光では、ほんのすこし先を照らす程度しかできなかった。その範囲には、石の廊下と壁のほかは、なにも見えなかった。  真彩はまた壁に手を当てて、足元を照らしながらゆっくりと進んだ。廊下の先に部屋がありますようにと願いながら進む手が、壁とは違う質感に触れる。立ち止まった真彩は、現れた木の扉に小瓶を向けて、ドアノブを探した。鍵穴のついているドアノブに手を乗せて、ひねりながら軽く押す。扉はすんなりと開いた。 「すみません。だれかいますか」  小声で呼びかけても、返事はなかった。室内には明かりがある。真彩はもうすこしおおきな声で「すみません」と言いながら、部屋に入った。  暖炉に火が入っている。壁のランプにも炎が揺れていた。真彩が過ごしている部屋よりも、ひとまわりほど狭い部屋には、ダブルサイズのベッドと机、イスがあった。ベッドの脇にはチェストがあって、その上に水差しとグラスが置いてある。 「あの……だれかいますか。外出中ですか?」  外出中なら返事があるはずもないのに、真彩は奇妙な質問をした。返事がないと知って、がっかりしながら安堵する。緊張をわずかに解いた真彩は、机に近づいた。革の表紙の、辞書のような厚みのある本が三冊と、薄い本が二冊、高さ順に並んでいた。分厚い本を一冊抜いて、開いた真彩は顔をしかめた。 (さっぱり読めない)  かっちりとした文字らしきものが並んでいるが、ちんぷんかんぷんだった。イラストがないかとパラパラめくってみるが、文字ばかりがぎっしりと書かれている。頭が痛くなってきて、本を閉じた。  本を元に戻し、イスに座る。イスはクッションがたっぷりと使われていて、座り心地がよかった。 「はぁ……もっと、スイスイ歩けるくらい、灯りがほしいなぁ」  ぼやいて暖炉に目を向ける。燃えている薪を持って歩こうかと考えて、ムリムリとすぐさま首を振った。 「あんまり移動してないよねぇ」  小瓶を机に乗せてつつく。この小瓶が、あと十個くらいあれば普通に歩けるくらいには、廊下を照らせるかもしれない。 「あの洞窟に、また連れて行ってもらって、もっとたくさん持って帰ろうかな」  グラペウスにあやしまれるかもしれない。だけど、あそこはとてもキレイだったから、バルコニーもあんなふうにしたいと願えば、聞いてくれるのではないか。 「ポチってば、どこに行っちゃったんだろう」  部屋に真彩がいなければ、ポチは怒られてしまうのだろうか。真彩になついてくれてはいるが、魔王であるグラペウスに監視と世話を命じられているから、傍にいるだけなのかもしれない。 (なんか、ちょっと弱気になってる)  ひんやりとしたものが足元からザワザワと這い上がってくる。それに心臓を冷たくされて、真彩はブルッと震えると目を閉じて唇を開いた。  喉から、細く弱々しい旋律がこぼれ出る。真彩はちいさな不安を妖精の歌に変えた。  しっとりとした歌声が薪の爆ぜる音と混ざる。真彩はそれに調子を合わせた。暖炉の炎を伴奏に、心細さを歌いきると物憂い息を吐きながら目を開けた。 「ポチ」  目の前に、ポチがいた。手を伸ばして、ポヨンポヨンと軽く叩くと頬ずりしてくる。 「どこに行ってたの?」  質問に、ポチは体をひねった。顔を上げてそちらを見ると、扉に肩をあずけて腕組みをしている青年の、迷惑そうな視線と出会った。 「えっと……あの、どなたですか?」 「その質問をするのは、こちらだと思うけれどね。ここは、僕の部屋だ」 「あっ、すみません。勝手にお邪魔してしまって」  飛び上がるように立った真彩は、ペコリと頭を下げた。文句をたっぷりと含んだ吐息をこぼして、青年が近づいてくる。漆黒の髪に赤い瞳をした彼は、グラペウスとおなじ透けるように白い肌をしていた。  彼もやっぱり魔物なんだろうかとまじまじながめる真彩に、青年はうっとうしそうな顔をした。 「人を見世物みたいな目で見るのは、やめてくれないかな」 「ああ、ごめんなさい。魔物って言っても、人間とあんまり変わらないんだなって思って。ほら、グラペウスは背中に羽があるし、目は紫……の人は、世界中のどこかにいるかもしれないですけど、ええと、その」  なにか話題をと、探す真彩の動く手を見て、青年はめんどくさそうに暖炉に近づき、薪をくべた。 「そういうのは、魔法で火をつけているとかじゃないんですか?」 「魔物に対して、どんなイメージを持っているのかは知らないけど、万能ではないとだけ言っておくよ。さっさと出て行ってくれないか」 「わ、私……人間なんです」 「それが、なに?」 「ええと、ここのことをよく知らないから、教えてくれる人がいないかなぁって、ポチに頼んだんですけど」  ポチが傍にいるということは、この青年が該当する人物なのではないかと、真彩は上目遣いになった。青年は鼻を鳴らすと、真彩を通り過ぎてイスに座り、真彩が読めなかった本を開いた。 「ここはずっと夜。魔物が住んでいる国。以上だ」 「以上って……ほかに、なにか、魔王がどんな仕事をしているのかとか、お城の掃除をしたり食事の世話をしたりする人のこととか、どんな魔物が住んでいるのかとか、あるじゃないですか」 「ないね」  ピシャリと青年は厳しい声を出した。 「この城の管理や食事の世話をしているもののことは、興味がないから教えるほどの知識を持たない。どんな魔物が住んでいるか、なんて、全部を把握しているわけじゃないから説明できない」  取りつく島もない青年に、真彩はムスッとした。 「勝手に部屋に入ったのは悪かったけど、そんな態度をしなくてもいいんじゃない?」 「自分が魔王の客で、妖精の歌が歌えるから特別だとでも思っているのか? 人間がこの国や妖精の国にさらわれるなんて、珍しくもなんともない。連れてこられた人間に執着するのは、それをおこなったものだけだ。僕は人間には興味がない」 「じゃあ、なにに興味があるんですか」 「答える必要はない」 「あなたは、なにをしている人なんです? 上の部屋から下りてきて、はじめに見つけた部屋がここだったんです。グラペウスの部屋の近くに部屋があるってことは、魔王の秘書とか、そういうものなんですか?」  ギロリとにらまれ、真彩はひるんだ。青年はゆっくりと体ごと真彩に向く。足元のポチを見て、真彩に視線を戻した青年は机の小瓶を真彩に差し出した。 「おまえのものだろう」  真彩は近づき、光る苔の入った小瓶を受け取った。 「おまえがこの先、ここに住もうと帰ろうと、僕にはどうでもいいことだ。――だが、そうだな。グラペウス様が安定していなければ、迷惑をこうむる」  すこしも敬っていない声音でグラペウスの名を口にした青年は、ポチを一瞥すると机の引き出しから金平糖のようなものを取りだした。 「それって!」  記憶の旅をさせてくれた金平糖だと、真彩は目を見張った。 「あなたがくれたものだったのね」  青年は返答せずに、金平糖をポチに飲ませた。それを溶かしたポチの質量が増える。青年は金平糖みたいなものを、袋ごと真彩に投げた。 「スライムに食わせながら、自分の目でいろいろと見てくるといい。そのサイズのスライムをカバーにして移動すれば、だいたいの場所には行ける。ただし、残り半分となったら、かならず戻れ。帰りの分も計算しながら、行動するんだな」 「ありがとう」  青年は犬を追い払うように手を振った。彼がだれなのかわからないけれど、どちらかといえば味方だと判断した真彩は、ペコリと頭を下げて部屋を出た。 「さあ、ポチ。私を外に連れて行って」  真彩が願えば、ポチは真彩を包み込んだ。狭い空間に座る場所を作られて、車みたいだと思いつつ、真彩は座った。ポチが跳ねる。階段を上り、バルコニーに出て、外壁に沿って降りていく。はじめてポチに包まれたときは、なにがなんだかわからなくて景色を気にする余裕などなかったが、ポチは透明度を高めて、真彩が周囲を見られるように、のんびりと移動してくれた。 「どうして、階段じゃなくて外から下りるの?」  聞いてもポチは答えない。城の探検もしたかったが、真彩がはじめに望んだのは、この国の見学だった。おそらく、こちらのほうが手っ取りばやかったのだろうと推察する。  地面に降りるまでに、空を飛ぶコウモリのようなものや、鳥に似たものを見た。真彩のことなど興味がないのか、あるいはポチしか見えていないのか、すれ違う魔物たちは無反応だった。 (マジックミラーみたいな感じで、私は見えていないのかな)  人間がさらわれるのは珍しくないと青年は言っていた。人間に執着をするのは、それをしたものだけだとも。だから興味を持たれていないのかもしれないと、真彩はちょっと気が楽になった。 (珍しがられて、たくさん集まってこられたら困るしね)  青年のように会話ができればいいが、ポチみたいに話せない相手だと意思の疎通ができないかもしれない。魔物特有の言語でしか話せないものであれば、真彩にはわからない。 (まずは見学に集中しよう)  真彩は袋を握りしめ、地面に到着したポチに行き先を任せて、景色をながめた。  おなじような木が並んでいる森は、うっかり足を踏み入れれば迷子になりそうだ。星明りの届かない森は、うっそうとしていて不気味ですらある。だが、怖いとは思わなかった。座りながらキョロキョロする真彩の前に、ポチがニュウッと伸びてきた。なにかを欲しがっている様子に、金平糖かなと袋を開けると、左右に動いて違うと示す。なんだろうと思うと、ポチは苔の入った小瓶を指した。蓋を開けろとしぐさで言われ、そのとおりにすると、ポチは瓶のなかに入って苔を溶かしてしまった。 「あっ」  唯一の明かりがなくなってしまったと眉をひそめた真彩は、次の瞬間ポチがほんのり発光したのでおどろいた。
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