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2.王子様は二次元がお好き?

 老人ホームの職員やボランティアたちが持ち寄った総菜で夕食をとった頼子は、多美子の運転で外灯のない道を家に向かった。日が沈んでも星々が無数に輝く世界は、深い藍色に染まっている。そんな景色にも慣れてきた頼子は、ふうっと息を吐いて今日のできごとに思いをはせた。 (けっこう、仲良くなってきた気がするなぁ)  年配の方々は頼子が想像していたよりもパワフルで、手先が器用で物知りだった。話し相手になってほしいと言われて身構えていたのだが、頼子は人生の大先輩の話を聞きに行っている感覚でいる。 (知らないこと、たくさんある)  たとえば散歩の途中、ふと立ち止まって植物の話をされる。たまに山菜を見つけて、摘んで帰ることもあった。それだけでも都会育ちの頼子には新鮮で、たのしかった。 「だいぶ、ここでの生活にも慣れてきた?」 「はい。まだ、ちょっと抜けきらない部分もありますけど」  ついつい、コンビニに行けばいいや、と考えてしまう自分を恥じると、そういうものよと多美子はなつかしむ。 「私も弘毅も。美里だって、はじめはそうだったもの。まあ、美里はほとんど、こっちで生活していないけれどね」 「あの、そういえば美里さんは?」 「結婚して、別の場所に住んでいるわ。言わなかったっけ」 「はい」 「そっか」  美里とは、弘毅の姉だ。頼子が小学六年生のときに、弘毅たちは引っ越した。弘毅は中学三年生。美里は大学生で、ひとり暮らしをしていた。だからなのか、頼子はあまり美里のことを覚えていない。 「弘毅さんって、いつも晩御飯はひとりで食べているんですか?」 「近所のお手伝いに行って、そこで食べていることもあるし、自分で作って食べていることもあるわよ。あちこちで料理を教わってくるから、けっこう上手なのよ。もともと手先が器用だし、向いているのかもね」 「そうなんですか」 「そう。私より料理上手なのよねぇ、あの子」 「それで、生計を立てているんですか?」 「ん?」 「手伝いをして、それで生活費をもらっているのかなって」  仕事らしい仕事をしているとは思っていない頼子でも、アルバイト扱いできちんと給与の契約書を交わしている。都会の感覚では安価だが、勤務内容と照らし合わせると不満はない。しかしそれで生活ができるとは思えなかった。 (物価が安いとか、野菜は分けてもらえるとかもあるけど、それでもちょっと無理だよね)  だいたい、弘毅がなんの手伝いをしているのか、頼子は知らない。いつも朝食の後に、どこそこに行って来ると言い置いて、ふらっと自転車や車で出かけていく。危険だったり特殊だったりするもので、一回あたりの手取りが高い仕事なのか。  気になりつつも、いままで聞くきっかけがつかめなかった。 「手伝いは無償よ。と言っても、それで野菜を分けてもらったり、こっちも助けてもらったりするから、お互い様ってことなんだけど。年寄りが多いから、若い男手って重宝されるのよね」 「それじゃあ、仕事はしていないんですか? 単なるなんでも屋ってことですか」 「してるわよ、仕事。部屋で」 「部屋で?」 「便利な世の中になったわよねぇ。いまはインターネットで、仕事のやり取りができるんだから」  ほこらし気な多美子に、そうなんですかと頼子はつぶやく。 (ネットで仕事のやり取りをしているなんて、すごい) 「どんな仕事、しているんですか」 「絵を描いているわ」 「絵?」 「そう。イラストレーターっていうの? あの子、昔から絵を描くのが好きだったから」  そうだったと頼子は思い出す。当時、好きだったアニメのキャラクターを、たくさん弘毅に書いてもらった。いくつかは無くしてしまったが、あれらはいまでも部屋の片隅に保存してある。 (好きなこと、得意なことを仕事にしたなんて、すごいなぁ)  頼子の脳裏には、チェーンのファーストフード店のグッズや、小物に描かれる動物キャラクター、おしゃれなイラストのトートバッグなどが浮かんでいる。 (私の見たことのある絵だったらいいな)  線は細いが力強く、さわやかな笑顔を浮かべる弘毅の描くイラストは、きっと繊細でおしゃれでアーティステックな作品だろう。CDジャケットや文庫本の表紙になっているのかもしれない。 「そうそう。あの子が表紙を描いた本が、うちにあるわよ」 「ほんとですか! 見たいです」  想像と合致した多美子の言葉に、頼子はワクワクした。  家に戻ると、弘毅は二階の部屋にこもっているようだった。多美子の後に続いて階段を上った頼子は、弘毅の部屋を見られるのだと胸をときめかせる。 「ただいま、弘毅。開けるわよ」  言いながら、返事も待たずに多美子が襖を開ける。多美子越しに室内を見た頼子は絶句した。 (……え?)  部屋の中は、かわいらしい女の子が描かれたポスターが貼られていた。振り向いた多美子が「これこれ」と言いながらポスターを指さし、弘毅の本棚から勝手に本を取り出して頼子の手に乗せる。 「これが、弘毅の描いた絵よ」  受け取った頼子の手の中には、想像していた文学作品ではなく、ツンと不機嫌な顔をした美少女と、困惑顔の少年の絵があった。 「え……っと」 「ライトノベルっていうの? けっこうおもしろかったから、頼子ちゃんも読んでみて」 「あ、はい」  うまく反応できない頼子は、そろそろと目線を上げた。頬を引きつらせて固まっている弘毅がいる。 「それじゃ、私は先にお風呂に入るわね」  軽快な音を立てて多美子が階段を下りる。残された頼子は、どうしていいかわからないまま弘毅を見つめた。 「ええと、あの……弘毅、さん」  目をそらした弘毅が乱暴に髪を掻いた。まいったなとつぶやく弘毅に近づいて、彼の前にあるパソコン画面に目を向ける。そこには、水着姿で恥じらう美少女のイラストがあった。描きかけらしく、手の中のイラストよりも色がのっぺりしている。 「これ、は?」 「仕事の途中だから」  困惑と拒絶を感じて、頼子は「ごめんなさい」とちいさく叫ぶと部屋を出た。後ろ手で襖を閉じて、下唇を噛む。  そろそろと手を持ち上げて、弘毅のイラストを見た。 (これが、弘毅さんの描いた……イラスト)  想像していたものとは、まったく違う。いわゆる萌え絵と言われるタイプのものに、頼子の中でさわやかな弘毅のイメージがガラガラと音を立てて崩れた。 (でも、多美子さんは得意そうに教えてくれたし、おもしろいって言っていたし)  読まず嫌いはいけないと、頼子は自分の部屋に入って小説を開いた。  内容は、転校してきた美少女が冴えない主人公のことを気に入り、いろいろとちょっかいをかけるというもの。漫画を読んでいる感覚で、さらさらと読みやすく、おもしろい。少年向けらしく、主人公にちょっとエッチなハプニングが起こったりもする。テンポがよくてキャラクターも生き生きとして、頼子は最後まで一気に読んでしまった。  パタンと本を閉じて、息を抜く。 (おもしろかったけど)  手の中の表紙をながめ、パラパラとめくって挿絵を確認する。スカートがめくれて、困惑しながら恥ずかしがっているヒロイン、頬を染めてためらっているヒロイン、切ない顔で主人公に想いを告げているヒロインなどなど。 (これを、弘毅さんが描いた……ん、だよね)  弘毅の姿と目の前のイラストが、頼子のなかでひとつにならない。しかしパソコンの画面には、描きかけのものがあった。つまり間違いなく、これは弘毅が描いたものだ。 (弘毅さんて、オタクだったの?)  短絡的に結びつけた頼子は、階下の多美子に聞いてみようと部屋を出た。 「頼子さん」  風呂上りに缶ビールを開けていた多美子は、真剣な頼子に目を白黒させた。 「どうしたの?」 「あの……弘毅さんって、彼女とかいるんですか」  彼女がいる、あるいは、いたのであれば現実の女にも興味がある。弘毅ならば恋人がいて当然だと思いつつ、いないでほしいとも考えている頼子の心中は複雑だった。  なにかにピンときたらしい多美子は、ニヤニヤしながら缶ビールをひと口飲んで、頼子に座れとうながした。隣に腰かけた頼子は、緊張に心臓を硬くして返事を待った。 「昔はいたみたいだけれど、ここ数年は全然ねぇ。イラストレーターとして、仕事をはじめてからってことなんだけど」 「どうして、別れちゃったんですか」 「さあ。そこまでは母子と言っても、プライベートだから。でも、まあ、それから……そうねぇ、三年……もうちょっと前から、女の影はさっぱりないわね」  きっぱりと言い切られた頼子に、安堵と危惧が襲いかかる。 (弘毅さんに彼女がいないのは、うれしいっていうか、私にもチャンスがあるってことだけど。でも……仕事をはじめてから、いなくなったってことは)  二次元にしか興味がないのではと、頼子は心配になった。 「母親としては、年寄やアニメの女の子ばっかりと関わっていないで、現実の女にも目を向けてほしいんだけど」  意味深な流し目を多美子に向けられ、頼子はあわてた。 「きょ、興味がないんでしょうか」 「どうかなぁ。そんな話、したことないから。でも、このままじゃ確実に二次元の女に埋もれて、結婚どころか彼女すらも作らないでしょうねぇ」  つくづく心配だわと、多美子がわざとらしくため息をつく。 「だれか、現実の女のよさを弘毅に教えてくれるといいんだけど」  ひとりごちながら、期待と挑戦の目をする多美子に、頼子はうつむいた。 (私が、それをできれば)  ひさしぶりに再会した弘毅は、変わらず頼子の王子様のままだった。ハンサムでやさしくて、お年寄りにも人気があって、さりげなく人の手伝いができる好青年。これほどの人物に彼女がいないのは、ひとえにここが田舎だからだ。都会にいれば、きっと弘毅は引く手あまたで、仕事の内容がどうであろうと、弘毅の容姿と心根はおおくの女性をとりこにすること間違いなしだ。 (彼女がいないって言い切られても、信じられないもん)  心のどこかで、多美子の太鼓判をうたがっている。そして自分が多美子の希望する「現実の女のよさを教える」役に、なれる自信はない。けれど、それをしたいと望んでいる。 (私の初恋、まだ終わってなかった)  それどころか、弘毅の姿を見るたびに、やっぱり好きだと思い知らされる。胸のときめきは、再会してからずっと続いていた。  頼子の脳裏に、かわいらしい美少女のイラストと弘毅の柔和な笑顔が交互に点滅する。 「とりあえず、お風呂に入っておいで」  考え込んだ頼子は、多美子に言われるまま風呂に入り、部屋に入ってスマホを手に取り、本に書かれていたイラストレーター名で検索をかけてみた。  大量の美少女イラストがヒットする。無邪気な笑顔や清楚な様子、ちょっとエッチなものまであった。  それらをながめていると、ムラムラと嫉妬心が湧いてきた。 (この子たちが、私のライバル)  ほんの一瞬、多美子の背中越しに見えた弘毅は、真剣な目をパソコン画面に注いでいた。熱っぽい目で描かれたであろう美少女たちに、頼子は「くやしい」と歯をくいしばる。 (くやしい、くやしい)  弘毅を夢中にさせている彼女たちが、うらやましい。自分もあんな視線を、正面から向けられたい。  画面をスクロールして、弘毅の描いた美少女たちを恋のライバルとして嫉視する。現実離れした大きな瞳、バストはちいさい子もいれば、現実離れした巨乳もあった。どの子もとても魅力的な表情をしている。 (どんな気持ちで、弘毅さんは彼女たちを描いているんだろう)  子どものころ、頼子がリクエストした魔法少女を描く弘毅の横顔は、真剣そのものだった。あんな顔で彼女たちは描かれたのだと思うと、みぞおちのあたりが熱くなった。 (くやしい……ただのイラストなのに、どうして)  激しい嫉妬にかられた頼子は、スマホの電源を落として布団を敷き、もぐりこんで深呼吸した。  耳の中で多美子の声がこだましている。 ――だれか、現実の女のよさを弘毅に教えてくれるといいんだけど。  私がその女になる。なってみせると決意して、体をまるめた頼子は眠りについた。
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