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4.ハーヴェストフェスティバル(収穫祭)

 黄金色に輝く小麦を収穫し、色とりどりの野菜などもあらかた収穫を終えた頃、村々では収穫祭が開かれていた。  この日だけはエレインも新しい服を作ってもらい(一部は彼女もがんばって縫った)日が出ている間は屋台など回ることができると教えられた。 「でも必ず誰かと回ってね。一人ではだめよ」 「はい!」  養父母にそう言い含められたが誰と回ればいいのだろうとエレインは義弟を見た。義弟はつまらなさそうに、 「どーせ回るなら俺とじゃなくてセネガ兄さんと回ればいーじゃん」  と言った。途端エレインは顔が熱くなり、 「な、なな何を言ってりゅのよっっ!!」  目をあちらこちらにさまよわせ怒鳴った。義弟がなんともいえない情けない顔をする。 「……かみかみじゃん」 「まぁそうね。来年の春にはエレインも成人するし、セネガに預けるのが一番いいかもしれないわ」 「……そうだな」  養父母にも後押しされ、エレインは収穫祭の間セネガと行動することになった。 「あ、あの……今日はよろしくお願いします」 「こちらこそよろしく」  そう言って差し出された手を握手するのかと思って自分の手も差し出すと、そのままふわりと引っ張られ連れ出された。エレインは空色のワンピースに未婚を表す真っ白なレースのエプロンを身につけていた。長い髪は三つ編みにし、右前に流している。外に出るとセネガはエレインを振り返り、嬉しそうに彼女の格好を見た。エプロンに合わせて白い三角巾をつけたエレインは都会の喫茶店のウエイトレスのようだ。これはセネガのイメージだったが、彼は素直に彼女を可愛いと思ったようだった。 「な、なに?」 「エレイン嬢は可愛いな。似合ってるよ」 「え、そ、そう?」 「なんでも欲しいものは買ってあげるよ。あ、でも家とかはまだ無理かな」  行こう、と再び手を引かれてエレインは収穫祭の会場まで連れて行かれた。それほど会場までは距離はなかったが、道すがら彼女は熱を持った頬を鎮めるのに必死だった。セネガはさらりとキザなことを言うから、それが社交辞令なのか本気なのか判断がつかない。 (きっと社交辞令なんだわ。にくったらしい!)  エレインはこっそりセネガを睨みつけた。  収穫祭の会場は人でいっぱいだった。養父母から聞いていたが近くの村からも集まってきているらしい。この辺りの村の収穫祭は時期が一緒だが日にちはずらしているらしく、行こうと思えば三つぐらい参加できるのだという。そうして人の往来を増やしているのだなとエレインは感心したのを覚えている。  収穫祭というだけあって屋台で売っているのは主に食べ物である。行商人が出している店は綺麗な布や装飾品も扱っているが、どうせ着けても見せる相手もいないのでエレインは欲しいとは思わなかった。 「エレイン嬢は飾りには興味はないのか」 「だって、つけても見せる相手もいないでしょう? 髪を結ぶ紐なら欲しいけど……」 「じゃあ、これはどうかな」  そう言ってセネガが手に取ったのは花の模様が刺繍された空色のリボンだった。彼は店主にお金を払うとエレインの髪にささっとリボンを結んだ。 「え、あ、あの……ありがとう……」 「どういたしまして」  エレインがまた頬の熱を冷ましている間にセネガはなにやら他にも買ったようだったが彼女は気づかなかった。三つ編みを包むように斜めに結ばれた空色のリボンは、まるで彼女が自分のものだと主張しているようだったがエレインが気づくはずもなく。村人たちの生ぬるい視線や他の村から結婚相手を探しに来ていた女性たちの睨みもなんのその、二人はその日楽しく過ごした。  お昼は肉の串やパスタの入ったスープなどに舌鼓を打ち、おやつの時間には食べやすい大きさに切られたパンケーキを食べた。 「かかってるのってやっぱり蜂蜜よね」 「うん、この辺りでは養蜂もしているからね。どうかした?」  蜂蜜もおいしいのだがエレインは町で食べたパンケーキにかかっていたものの味が忘れられなかった。 「……この辺りってメープルシロップはないのかしら」 「メープルシロップ?」  セネガは首を傾げた。メープルという木は知っているがそのシロップというのはついぞ聞いたことがなかった。 「森にメープルの木があったわ。前の家にいた時に本で読んだのだけど、幹の太さが三十センチ以上あるメープルの木に穴を開けて採取した樹液を煮詰めるとできるって書いてあったの」 「ふうん……もしかしたら知っている人がいるかもしれないから聞いてみよう」  真面目な顔をしたセネガにエレインは慌てた。 「あ、あの……本で読んだだけだから気にしなくても……もしかしたらメープルにも種類があるのかもしれないし!」 「そういう可能性もあるのか。まずはパンケーキを食べよう。さめないうちに」 「は、はい!」  蜂蜜がかかったパンケーキはもちろんおいしかった。そして日が暮れる前にセネガは家まで送ってくれた。この後は夕食としてイノシシの丸焼きが振舞われ、中心地で火が焚かれ、その周りをここ二、三年で成人した男女が踊るのだと教えてもらった。 「……セネガも踊るの?」 「いや、僕は会場の警備をすることになってる。来年成人だって?」 「うん……来年の春の終り頃に」 「じゃあ来年は参加できるね。まだ早いけどおやすみ、いい夢を」 「……おやすみなさい」  絡めた指先を名残惜しそうにほどいて、セネガはエレインに家の中に入るように促した。 (楽しかった……とても)  エレインはリボンが巻かれた自分の髪を知らず知らずのうちに撫でていた。  食べ物もおいしかったが、何よりもセネガと一緒に過ごせたことが嬉しかったのだとようやくエレインは気づいた。 (これが恋、なのかな……)  一日のうちに何度も顔に熱が上がってなかなか下がらない。胸がどきどきして全然治まらない。 (セネガは私のこと……?)  そんなエレインの様子を家族はそっと見守っていた。絶対セネガに捕まると半ば予想しながら。   「許さん! パパは絶対に許さんぞ!」 「でもねぇ、セネガほどいい男はなかなかいないと思うのよねぇ……」 「親父、いいかげん諦めろよー」
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