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2.カスタム(習慣)

 エレインは肌は白いが髪も目も黒っぽい少女である。完全に黒ではなくなんとなく灰色っぽいが、村人たちに比べると格段に黒に近い色を持っていた。  その目が大きく見開かれ固まるところなどその日以外は見られなかったことが、彼女の驚愕をよく表していたと言ってもいいだろう。いきなり彼女に「嫁にこい」宣言をした男たちはその場で他の男性陣に首根っこを掴まれ、どこかへ連行されていった。彼らは両親や年長者に延々説教をされたらしかった。  引き取ってもらえたのだからとエレインは野良仕事でもなんでもするつもりだったが、女性は何もしなくていいと言われた。  野良仕事も家事も子育ても全て男性がするのだと聞かされて、いったいぜんたいどうなっているのだとエレインは首を傾げた。 「じゃあ……女性は何をするんですか?」  おそるおそる聞くと養母はきょとんとして、 「そうねぇ、じゃあ私と森へ果物摘みにでも行きましょうか。あ、でも一人で外出はしちゃダメよ。さらわれちゃうかもしれないから」  さらりととてもおそろしいことを言った。  確かに町でもあまり亜人族の女性は見なかったように思う。孤児院でも女子は人族しかいなかったかもしれない。  どうも亜人族の女性は産まれづらいようだ。その為、産まれるととても大事にされるらしい。人族も住んでいる地域だとそれなりに女性がいるので日中は一人でも外出できるが、日が暮れる前には帰宅するように言われるのだという。だがこの村のように亜人族しかいない場合は、それこそ蝶よ花よと育てられるのが当り前なのだとか。未婚の女性は日中でも一人で外出などせず、できるだけ村の男性には顔を見せないようにしている。既婚者でも日が落ちる前に帰宅しなければいけないらしい。  木苺の実を摘みながら、エレインは養母からいろいろ教えてもらった。 「ごめんなさいね、村ではそれが当り前なものだからてっきり都会でもそうなのだと思っていたの」 「いえ、その、私もよくわかっていないので……」  思い返せばおつかいで外出する時も男子と一緒に出かけていたように思う。しかも確かできれば女子は行かせたくないようなことを言っていたような気もする。エレインはめったに外出することがなかったから全てが楽しくてしかたなかったが。 (そうだわ。確かに私、あまり院の外に出たことがなかった気がする……)  亡くなった養父に引き取られてからは外出していたが、それも必ずお付の人がいた。過去を思い出し、やっとエレインは自分がいろんな人に守られてきたということに気づいた。 (でも……ただ守られるだけじゃなくて、できれば教えてほしかったな)  わがままかもしれなかったが、彼女はそんなことを思った。籠に果物を半分ほど摘んだところで養母に「帰りましょう」と言われた。まだ時間が早いと思ったが、村には村の時間の流れがある。エレインは素直に「はい」と応えた。  心なしか養母の足が早いようにエレインには思えた。どうしたのだろうと考えたところで男性の姿が見えた。 「?」 「エレイン、下がっていなさい」  養母の厳しい声にエレインは何かあるのだなと推測した。男性は二人だった。それも亜人族ではなく人族のようだった。 (あれ? 人族ってこの村にはいないはずじゃあ……) 「なんだ、人族の女の子もいるんじゃないか。手伝いができてえらいなぁ。奥さん、この子少し借りてもいいですか? なぁに日が暮れるまでには返しますから」 「いえ、この子はうちの子です。女性を買いたいのでしたら他へどうぞ」 「養女ってやつですか。なら尚のこといいじゃないですか」 「いけません、お引取りください」  そう言うが否や、養母は胸に下げていた笛を吹いた。 「?」  うまく吹けなかったのだろうか、音は聞こえなかったが目の前の男たちはあからさまに慌てだした。 「まずい! 逃げるぞ!」  踵を返して逃げようとした時、「待ちやがれーーー!!」という大勢の怒声と共に、瞬く間に村の男性陣が現れて男たちを捕まえた。 「リンさん、すいません。こいつらにはしっかり言い聞かせますんで」 「全く……次はないわよ」 「はい、申し訳ありません。おい、セネガ。リンさんたちを家まで送り届けろ」 「はい!」  まとめ役と思われる男性が本当に申し訳なさそうに養母に謝った。養母もツンとすましてその謝罪を受ける。エレインはそんな彼らのやりとりに目をパチパチと瞬かせることしかできなかった。  セネガ、と呼ばれて出てきたのは全体的に茶色っぽい色味の青年だった。もちろん耳はふさふさで、尻尾もいっぱい毛が生えていてふさふさしていた。 「じゃあセネガ、よろしくね。間違ってもエレインに手を出そうなんて考えるんじゃないわよ?」 「は、はい!」  養母の笑顔がとても怖かった。そうしてエレインは養母と共にセネガに家まで送ってもらった。途中雑貨屋や八百屋に寄りセネガを荷物持ちにして、帰宅する頃には養母の機嫌も直っていた。
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