2 / 11
Act.2-01
駅を出てから歩くこと約十分。
椎名課長に伴われながら来た所はイタリアンのお店だった。
ずっと気になってはいた所だったけれど、何となく入りづらくていつも素通りしていた。
入るなり、椎名課長は従業員のひとりに声をかけ、「予約していた椎名ですが」と名乗った。
まさか、予約までしていてくれていたとは思わず、またさらに驚いてしまった。
私達は一番奥の席まで案内される。
そして、落ち着くなり、メニューブックを開いた状態で真ん中に置かれた。
「ただいま、お水をお持ちしますので」
そう言って、従業員は一度離れた。
「苦手なものは特になかったよな?」
椎名課長に訊ねられ、私は、「ないです」と首を振る。
「好き嫌いは特に。あ、でも、極端に辛いものは苦手かも」
「そうか。じゃあ、酒は?」
「まあ、嗜む程度には」
「了解」
椎名課長はニコリと頷き、タイミング良く水を持ってきた従業員に注文した。
「アマトリチャーナと茄子のボロネーゼ、マルゲリータと鯛のカルパッチョ、生ハムのサラダ。それと白ワイン。あと、食後にアフォガードをふたつ」
そこまで言ってから、私に向き直り、「他に食べたいものとかある?」と訊ねてきた。
こっちの了承を得る前に、さっさと注文されてしまっている。
でも、どれも私の大好物ばかりだったから、「特には」と答えた。
「お待ち下さいませ」
従業員が去ってから、椎名課長は、「すまん」と頭を下げてきた。
「つい、こっちの都合で頼んでしまった……。ほんとに良かったのか……?」
「別に構いませんよ。むしろ決めてくれて助かりました」
「ならいいんだが……」
椎名課長はおもむろに、チノパンのポケットを弄る。
そして、潰れかけたボックスの煙草を取り出し、すぐにハッと我に返った。
「すまん。メシ前に吸うのはダメだったな……」
「いや、それ以前にここ、全席禁煙ですよ?」
私の突っ込みに、椎名課長はさらに肩を竦める。
椎名課長と――仮ではあっても――付き合うようになって分かってきたのだけど、どうやら彼は、場の空気が気まずくなると煙草に手を付ける癖があるようだ。
職場ではあまり吸っている姿を見たことがないから、吸う量はそんなに多い方ではないと思う。
何にしても、椎名課長は取り出してしまった煙草を再びしまい直した。
そして、今度は代わりに水をがぶがぶと勢い良く飲む。
仕事では堂々としていて、むしろ鬼のような人なのに、仕事を離れてしまうと全く様変わりしてしまう。
ただ、こんな椎名課長の一面を知っているのは、恐らく私だけかもしれない。
そう思うと、ちょっと得したような優越感に浸れる。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい
ともだちとシェアしよう!