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Act.2-01

 駅を出てから歩くこと約十分。  椎名課長に伴われながら来た所はイタリアンのお店だった。  ずっと気になってはいた所だったけれど、何となく入りづらくていつも素通りしていた。  入るなり、椎名課長は従業員のひとりに声をかけ、「予約していた椎名ですが」と名乗った。  まさか、予約までしていてくれていたとは思わず、またさらに驚いてしまった。  私達は一番奥の席まで案内される。  そして、落ち着くなり、メニューブックを開いた状態で真ん中に置かれた。 「ただいま、お水をお持ちしますので」  そう言って、従業員は一度離れた。 「苦手なものは特になかったよな?」  椎名課長に訊ねられ、私は、「ないです」と首を振る。 「好き嫌いは特に。あ、でも、極端に辛いものは苦手かも」 「そうか。じゃあ、酒は?」 「まあ、嗜む程度には」 「了解」  椎名課長はニコリと頷き、タイミング良く水を持ってきた従業員に注文した。 「アマトリチャーナと茄子のボロネーゼ、マルゲリータと鯛のカルパッチョ、生ハムのサラダ。それと白ワイン。あと、食後にアフォガードをふたつ」  そこまで言ってから、私に向き直り、「他に食べたいものとかある?」と訊ねてきた。  こっちの了承を得る前に、さっさと注文されてしまっている。  でも、どれも私の大好物ばかりだったから、「特には」と答えた。 「お待ち下さいませ」  従業員が去ってから、椎名課長は、「すまん」と頭を下げてきた。 「つい、こっちの都合で頼んでしまった……。ほんとに良かったのか……?」 「別に構いませんよ。むしろ決めてくれて助かりました」 「ならいいんだが……」  椎名課長はおもむろに、チノパンのポケットを弄る。  そして、潰れかけたボックスの煙草を取り出し、すぐにハッと我に返った。 「すまん。メシ前に吸うのはダメだったな……」 「いや、それ以前にここ、全席禁煙ですよ?」  私の突っ込みに、椎名課長はさらに肩を竦める。  椎名課長と――仮ではあっても――付き合うようになって分かってきたのだけど、どうやら彼は、場の空気が気まずくなると煙草に手を付ける癖があるようだ。  職場ではあまり吸っている姿を見たことがないから、吸う量はそんなに多い方ではないと思う。  何にしても、椎名課長は取り出してしまった煙草を再びしまい直した。  そして、今度は代わりに水をがぶがぶと勢い良く飲む。  仕事では堂々としていて、むしろ鬼のような人なのに、仕事を離れてしまうと全く様変わりしてしまう。  ただ、こんな椎名課長の一面を知っているのは、恐らく私だけかもしれない。  そう思うと、ちょっと得したような優越感に浸れる。
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