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偶然の再会、そして……

 パーティ前日の夜、仕事を終えたあと龍之介さんと待ち合わせして買い物へ。  当日の食事をどうするか決めたとき、ゲストに渡す手土産の話になって、それを選びに行こうという話になった。なるべくならゲストひとりひとりに似合うものを贈りたい。そして出来れば実用的で長く使えるものがいい。それから何を贈ったらいいのか考えることになったけれど、贈る相手のことを考えながら悩む時間はとっても楽しかった。それを二人で選びに行くのだけれど、もう一つ目的がある。それは結婚式へ来てくれたゲストに渡すカードを選びに行くことだ。  結婚式は招待客が少ないこぢんまりしたものだけど、その分距離が近く温かなものにしたかった。小さな教会でお式を挙げたあと、近くにあるレストランでガーデンパーティを開くことになっている。お式まで三ヶ月を切り、やらなければならないことも多いけれど、それらをひとつひとつクリアするごとに、彼と家族になるときが近づいてくる。そう実感するたびに、たまらなく幸せな気持ちになれるのだ。胸の内側に温かいものが満ちてきて、それがいっぱいになると意味もなく泣きたくなってくる。思わず隣にいる彼の顔を見上げると、いつもの優しい笑顔で返された。  それなのに幸せを実感すればするほど、あの日芽吹いた不安の理由が気にかかる。満ち足りた時間を過ごすなかで不安の影は薄まるけれど、決して消えてはくれなかった。私の思い過ごしならいいけれど。あのときの言葉と彼の表情が頭に浮かんできた瞬間、パンパンに膨らんだ幸せな気分が少しずつしぼんできて、溢れそうになった涙も止まっていた。そしていつもの自分に戻ったとき、再び幸せな気分を噛みしめたくて、彼の腕に腕を絡ませた。 「麻音子さん?」  彼が照れくさそうに呼びかけた。一人だけ浮かれているような気がして急に恥ずかしくなってしまい、腕を離そうとした、そのとき。 「離さないで。このまま」  離そうと思っていた腕に、彼の大きな手が添えられた。 「はい……」  頬が熱い。夜の空気はひんやりとしていたけれど、それを感じないほど心も体も温かかった。 「改めて考えてみると、友人たちに何かをプレゼントしたことがないな」  龍之介さんは困った顔して立ち尽くしていた。彼の目の前にはいろんな種類の万年筆が並んでいる。ガラスのケースのなかに収められているものを見ると、ライトに照らされ光っている。どうやら彼は友人たちに万年筆を贈ろうと考えていたらしい。  私が友人たちに贈るものはもう選び終えていたし、あとは龍之介さんの分を残すだけになっている。てっきり名刺入れや小銭入れなどを贈ると思っていたけれど、彼は迷うことなく文具店へ向かったのだ。だがいざ選ぼうとしたら迷うものなのか、顎に手をかけ悩んでいる。 「友人に贈るモノって言ったらこれと手帳くらいしか思い浮かばなくて……」  私の視線に気づいたのか、彼は見つめ返しながら苦笑した。本当は手帳のほうがいいんじゃないかと思ったけれど、その言葉を飲み込んだ。なぜなら手帳というものは、使う本人が使いやすいものを持っている可能性が高いからだ。恐らく龍之介さんもそのことに気づいたのだろう。だから万年筆もそうじゃないかと思って悩んでいる。 「実用的でいいと思いますよ。これにメモ帳を添えて贈れば喜ばれるんじゃないでしょうか。あっちに革のカバーがついたメモ帳がありましたし」  万年筆売り場へ向かう途中見つけたメモ帳のコーナーを指さした。文庫本サイズのカバーがついたメモ帳ならば、メモ帳を使い終えたあとも本のカバーとして使ってもらえるかもしれない。そんな気持ちからだった。 「じゃあ、見てこよう」  龍之介さんが嬉しそうな顔をした。そして手を繋ぎながら、そこへ向かおうとしたそのときだった。 「龍之介?」  突然彼の名を呼ばれ、その声がした方を見ると、すらりとしたきれいな女性が立っていた。 「やっぱり龍之介だわ。久しぶりね」  その女性は私を見ることなく、彼に近づいて嬉しそうな顔をする。恐る恐るとなりにいる彼を見上げると、驚いた顔で彼女を見つめていた。思わず繋いだ手に力がこもる。 「怜……。いつ戻ったんだ?」 「年明けに戻ったのよ」 「そうか……」  二人の会話を聞いているうちに、違和感を抱かずにいられなかった。彼女は再会を喜んでいるのに、彼はそうではないような気がしたから。微妙な温度差を感じながら彼らを交互に眺めていると、ようやく彼女が私に目を向けた。目が合った瞬間笑いかけようとしたけれど、こわばっているのか笑顔がうまく作れない。彼女の目線が下がる。 「はじめまして、熊谷 怜(くまがい れい)です。龍之介とは大学が同窓なの」 「は、はじめまして。滝沢 麻音子(たきざわ まおこ)です」  手を差し出されたので、彼とを繋いだまま右手を差し出したら、軽く握られた。とても柔らかい手。それに近づいてみると素敵な香りがする。改めて彼女を見てみると、大人の女性といった雰囲気だった。手入れが行き届いているのかつやつやとした長い黒髪に、ほっそりとした美人顔。私を見つめる瞳ははっきりとした二重でぱっちりとしている。それにすっと伸びた鼻筋のしたにある、ふっくらとした唇には柔らかな笑みを浮かべている。肌の白さを際立たせるような珊瑚色のリップがとても似合う人だった。 「そういえば龍之介が結婚するって聞いていたけど、あなたがその相手なのね。偶然とはいえ会えて嬉しいわ」  ニコニコとしている彼女に、ほほえんで応えるけれど、すぐ隣にいる彼のことが気になって仕方がない。何も言わずに、立ち尽くしているままだったから。そんな彼の様子を見れば、なんとなく二人の関係が分かってしまう。ただの友達ではないことくらい、鈍い私だってわかる。幸せな気分のしたで埋もれていたはずの不安が芽を伸ばし、心に絡まりついてくる。そんなとき。 「怜、ここにいたのか。って、龍之介?」  よく通る男性の声が聞こえてきて、その声がした方へ目を向けた。怜さんの背後からがっしりした体格の男性がやってくる。 「冬馬(とうま)」  そのとき龍之介さんと彼女の声が重なった。どうやらやって来た男性は二人の知り合いらしい。 「よお、龍之介。婚約者と買い物か?」  その人は怜さんをぐいと引き寄せて、彼に問いかけた。怜さんはそれを自然のことのように受け入れている。 「ああ、冬馬こそ。怜と買い物か?」 「お前の結婚祝いを選びに来たんだよ。あとついでに食事も。怜がおいしいシャンパンが飲みたいってうるさいから、だったら買い物に付き合えって、それでな」  再会を喜んでいる冬馬さんの左手の薬指には結婚指輪がはめられていた。とっさに怜さんの左手を見てみると、同じデザインの指輪がはめられている。それを見たとき心のなかでほっとしたけれど、顔を合わせたときに二人が見せた温度差に、私は不安を感じずにはいられなかった。 「麻音子、こっちのやつは河惣 冬馬(かわそう とうま)」 「今は違うよ、熊谷 冬馬(くまがい とうま)だ」  冬馬さんが龍之介さんに苦笑を向ける。するとその瞬間彼の表情がこわばったように見えた。それを目にした直後不安は更に広がって、ものすごい勢いで心に根を伸ばす。 「驚いたな。いつ、結婚したんだ?」 「こいつが帰国したときとっ捕まえてな」 「ちょっと、動物扱いするのやめてよ」  その会話だけを聞けば、気心が知れた友人たちの他愛ない会話に聞こえる。だけど私にはそうは見えなかった。だって繋いでいる彼の手の力が強まったから。彼はいつものように優しい笑みを浮かべているけれど、その表情の裏では違う感情を抱いているような気がした。それがどんなものであるかは、なんとなく想像がつく。久しぶりの再会を喜ぶ三人の姿を眺めながら、私は不安と戦っていた。
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