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芽吹いた不安の種

 ろくに体を拭かないまま寝室へ向かうと、彼が私の頬を支えながら口づけてきた。余裕のない彼の様子に戸惑いながらも求められていることが嬉しくて、差し入れられた肉厚な舌に自分のそれを絡めると、ぎゅっと抱きしめられたままベッドへ押し倒された。  スプリングがきいたベッドで抱き合いながら舌を絡め合う。重なった唇のあいまから漏れ出た息は二人とも、すっかり乱れてた。そして抱きついた彼のたくましい体も更に熱を帯び、汗でしっとりと濡れている。すると私の体を抱きしめていた手が背中から降りてきて、彼の体に押しつぶされていた胸をぐっと持ち上げられた。  大きな手はふくらみを根元から持ち上げ、荒々しい手つきでもみ始める。ベッドに投げ出した脚の間に、彼が脚を割り入れてきて、すっかり堅くなったものをぐっと押しつけられた。そこから発せられている熱が、疼いて仕方がない場所に触れた途端、全身から力が抜けていく。それを見計らったかのように彼が怒張したものをそこにこすり付けてきた。淫らな粘着音を立てながら擦られるたびに快感が体を貫いた。 「んっ……」  次々と押し寄せる快感に耐えかねて、それまで抑えていた声が鼻から抜けていく。するとそれを待っていたように龍之介さんが唇を離し、首筋に吸い付いた。皮膚に彼の唇と、熱い息が掛かる。そして性急に胸をいじり始めただけでなく、猛ったものを押しつける動きも速くなってきた。それらによって生じた快感が朦朧としている意識を遙か彼方へ吹き飛ばそうとするかのように、どんどん押し寄せ襲いかかってくる。  急激に襲いかかる快感は、わずかに理性が残ったままならば恐怖の対象になる。あまつさえセックスで我を失ってしまうことに慣れていないということもあるけれど、それだけじゃない。いつもならば私の体と心をほぐすように触れてくれるのに今私に触れている彼はそうじゃなかった。己の欲望のままに、彼は私を抱こうとしている。そんな彼が怖かった。 「りゅ、りゅうのすけ、さん……。ま、待って……」  夢中になって寄せた胸の谷間に吸い付いていた彼に声を掛けるが、聞こえていないのかやめてくれなかった。息が上がってしまい苦しかったけれど何度も呼び続けたら、やっと気づいてくれたのか動きを止めて顔を上げてくれた。その顔は余裕なんて微塵も感じさせない表情だった。汗に濡れた額に乱れた前髪が張り付いている。 「麻音子?」  掠れた声で名を呼ばれ、そのとき怒張に触れている場所が痛いくらいに疼いた。きゅっと締まった場所から、生暖かいものがとろりと溢れてくる。名前を呼ばれただけなのに感じてしまったことが恥ずかしかった。それを気づかれないようにしながら、彼の頬に手を伸ばす。頬も汗で濡れていた。 「優しく、してください。いつものように……」  そう訴えると彼が顔を苦しげに歪ませる。 「ごめん、がっつきすぎたみたいだ」  そしてしばらく黙り込んだと思ったら、彼が言いにくそうに問いかけてきた。 「俺はいつも麻音子に優しくできているかい?」  問われた言葉の意味が分からない。だけど彼は今それを知りたがっている。それが不思議だったけれど、私が知る限りでは彼はとても優しくしてくれる。とはいえ今はそうではないが。今以外ならば、彼は時折意地悪なことをするけれど、優しく触れてくれる。だから小さく頷いた。すると彼がほっとしたような顔をした。 「そうか、それなら良かった」  そう言いながら彼は私の胸に顔を埋めた。そして感触を確かめるように、やわやわと揉みしだく。先ほどまでとは違って、その動きはいつものようにとても優しいものだった。それにそれまで擦りつけていたものも、ゆっくり押し込めるようなものへと変わっていた。熱を放ちながら疼いていた場所に、快感が緩やかに押し寄せてくる。  いつものようにゆっくりゆっくり高められていくうちに、たまらない気持ちになってくる。彼が欲しくてほしくてたまらない。だけどそれを口にするのが恥ずかしくて、勝手に口走らないように指を噛んでいた。すると彼が再び私の首筋に吸い付いてきた。そしてずっと噛んでいた指を持ち上げられてしまう。 「我慢、しないで」 「え……?」  指を取られただけでなく掛けられた言葉の意味が分からず彼を見上げると、汗を浮かべたまま苦笑していた。向けられた瞳を細くさせ、彼が顔を寄せてくる。 「声、聞かせて」  堅いものを押しつけながら彼が言う。 「や……。恥ずかしい……」  じくじくとした疼きに意識が向かいそうになりながらも、どうにかそれを断った。 「俺は聞きたい。そして見たい」  ますます意味が分からないまま彼を見つめていると、それまで押しつけられていたものがすっと離れていった。 「あ……っ」  思わず声が漏れてしまい、慌てて口をつぐんだけれど、彼は見逃してくれなかった。 「触れてほしい?」 「え?」 「触れてほしいなら言葉で教えて。そして見せて乱れる姿を」  首を横に振って見せたけれど、彼は意地悪をやめようとしない。 「俺が欲しいと言ってくれ。それだけでいいから」  掴んだ私の手を頬に押しつけながら彼が切なげな表情で漏らす。それを目にしたとき不安が心に広がった。なぜ彼はそのような言葉を欲しているのだろう。すがるようなまなざしを向けている姿を見てしまえば、彼が望む言葉をあげたくなる。彼に絆されていることくらい分かっているけれど、その言葉ひとつで喜んでくれるならそれでいい。そう思った。彼の頬を撫でながら、私は彼が望む言葉を口にする。 「龍之介さんが欲しい、です……」  すると彼は嬉しそうに笑った。そしてすぐさま満足げな表情を浮かべて、私を見つめたまま指をしゃぶり始めた。熱い口内に含まれた指に、ぬめぬめとした舌が這わされて、そこから震えが走る。ひとしきり指をねぶったあと、彼は私に覆いかぶさって、耳元で囁いた。 「いっぱい声を聞かせてくれ」  そしてその直後硬く張り詰めたものを差し込んできた。すっかり濡れそぼったところから圧迫感が伝ってくる。思いのほか潤んでいたようで痛くはない。ゆっくり押し入ってきたそれが全部入りきったあと、彼は決まって私を抱きしめながら息を吐く。そしてしばらく抱き合っているうちに、一つになった場所が熱を帯びて疼いてくる。それが彼にも伝っているのか、そのタイミングに合わせたように抜き差しを始めるのだ。  はじめはゆっくりだった抜き差しが、徐々に早くなる。それとともに、理性も思考も溶かされて、彼が望んだ通りに声を上げていた。私の体を抱きしめる彼の背中に添えた手が、彼の熱と皮膚の下にある筋肉の動きを伝えてくる。そしてついに体に溜まった熱と快感が勢いよく膨れ上がってきて、それが弾けた瞬間意識も感覚も消えうせた。自分自身の輪郭さえろくに分からない状態となり、そのまま官能の渦に引きずり込まれて溶けていく。  体が震える。息ができない。だけど全身を包む熱が心地良い。こわばった体から徐々に力が抜けていく。それとともに呼吸ができるようになった。散らばった意識と感覚が少しずつ元に戻ってきて目を開くと、彼が汗をしたたらせながら私を見下ろしていた。 「大丈夫?」  優しい笑みを浮かべながら恋人が、大きな手で頬を撫でる。思うように声が出ず頷きで応えると、彼は私を抱きしめてくれた。汗で濡れた彼の体はまだ熱かった。こうして肌をぴったり重ねると、いつもならばほっとするのに、今日に限ってそうならない。多分それは、いつもと違う彼を見たからだろう。まるでこいねがうような表情を浮かべている彼の姿が目に焼き付いて離れない。そしてその姿を目にしたとき芽吹いた不安が急激に心に広がっていく。  思えば私は私と出会ってからの彼しか知らない。それはいつでも彼と別れてもいいようにしてきたからだ。彼を必用以上に知ってしまえば、離れ難くなる。そう思ったからこそあえて過去の話は避けてきた。  それに彼だって必要最低限のことしか自分自身のことを話そうとしなかった。今振り返るとそれが不思議なもののように思えてくる。心に根付こうとしている不安と、私が知らない彼の過去が関係あるような気がして仕方がない。だけどそれを知るすべがない以上どうしようもない。はっきりとした輪郭を持たない不安は、ツタのように伸びてきてどんどん心縛り上げる。  彼の腕の中で正体が分からない不安を感じているうちに、彼の体温と心音が肌から伝ってきて、その心地よさのおかげで不安が遠のいていった。そしてその心地よさに包まれて、吸い込まれるように眠りに落ちていた。
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