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寡黙

 家に帰ると、子猫たちが勢いよく駆け寄ってきた。いつもならいの一番に龍之介さんのところに行くのに、今日はそうじゃない。彼の側まで近づいたのにピタリと足を止めてしまい、様子をうかがうようにしながら私のほうへやってきた。彼女たちはピンと立てた尻尾を垂らし、不安げな声を出す。その声が胸に突き刺さり、いてもたってもいられずに、子猫たちを抱き上げた。  龍之介さんは何も言わないまま台所へと向かっていった。その後ろ姿を見ると、何人たりとも近づくことができさそうな雰囲気を醸し出していた。そしてすぐにかしゃかしゃとかき回す音がした。どうやら子猫たちの餌を作り始めたらしい。  子猫たちの柔らかいぬくもりを腕に感じながら、台所に立っている彼の背中を見ているうちに、心に不安が広がっていった。もしかしたら龍之介さんは見たのかもしれない。私が元婚約者と一緒に居るところを。もしも誤解していることがあるのなら、何を置いてもそれを解かなければ。でもなんと言えばいい?  もう少し大人なら、その日あった出来事の一つ程度にさらりと言えただろう。別にやましいことをしていたわけじゃない。ただ元婚約者ののろけを聞かされていただけだ。それなのに気まずさを感じてしまうばかりか、申し訳ない気持ちになっていた。  泰生さんと別れた直後、龍之介さんと顔を合わせるなんて、誰が予想できただろう。声を掛けられたあと、すぐに手をつながれて帰路についたが、その間彼は黙り込んでいた。いつもなら、優しい笑みを浮かべながら世間話に興じるのに、彼は顔を強ばらせたまま押し黙っていた。 「できたよ」  先ほどまでの出来事を振り返っていると、落ち着いた声がして、現実に引き戻された。彼を見ると、心なしか沈んだ表情を浮かべている。抱っこしていた子猫たちが、甲高い声を上げた。 「ご飯が出来たわよ」  そう言いながらしゃがみ込んで子猫たちを離すと、彼女達は一目散に餌へと駆けていった。それを眺めつつ、盗み見るように彼を見上げると、悔しそうな顔をして私の前から去って行った。  龍之介さんはクリニックのフロアへ下りたらしく、夜更けになっても戻ってこなかった。夕食を作り終えたあと、ダイニングテーブルの席に腰掛け彼の帰りを待っていたけれど、いつまで経っても彼が戻ってくる気配はない。  布張りのソファの上では、子猫たちがじゃれあっている。部屋の片隅にあるベンジャミンも、ローテーブルの上に無造作に置かれている雑誌もいつもと同じなのに、彼がいないリビングはがらんとしていて寒々しく感じる。優しい笑みを浮かべている龍之介さんがいるから、ここはとても居心地がいい空間なのだということを改めて感じたものだった。  リビングの中央に置かれたソファを眺め、そこに座る彼の姿を思い浮かべた。背もたれに肘をつきながら、じゃれ合う子猫たちを眺めている彼の姿が浮かんだ途端、鼻の奥がつんと痛くなった。寂しくて恋しくていてもたってもいられずに、彼のもとへ向かおうとしたとき、エレベーターの扉が開いた。  ゆっくりと開いた扉の向こうには彼がいて、疲れ切った表情を浮かべている。それを眺めていると、私に気づいた彼がはっとした顔をした。 「麻音子さん?」  心配そうな顔をさせて彼が私に近づいてくる。一歩、また一歩彼が近づく度に胸の鼓動が高鳴った。もう、抑えられない。本気で好きになる前に、ちゃんとあのことを話して彼を解放したかったけれど、それができそうにない。胸がとくとくと脈打つ度に切ない痛みが全身へと広がっていく。その痛みに耐えきれず、私は駆け寄って、彼に抱きついていた。
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