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からかい

 食事を終えたあと、龍之介さんと一緒に実家に立ち寄り荷物を取ってきた。それというのも先日彼から提案された同居のため、数日分の着替えと日用品が必要だったからだ。必要なものを必要なだけバッグに詰め込み、彼の家に向かうと着いた頃にはすっかり夜更けになっていた。  動物病院の入り口とは別になっている玄関から入って二階に上がると、リンダとアンナがエレベータの前にちょこんと座って待っていた。子猫たちは私たちの姿を見るなり勢いよく駆け寄ってきて、にゃあにゃあと甲高い声で空腹を訴える。それを私と彼は苦笑しながら眺めていた。 「今ではもうすっかりお母さんのようですね」と龍之介さん。 「だってほらリンダもアンナも麻音子さんのほうにいってる。自分達に餌をくれる人って彼女たちから認知されてる証拠です。俺なんか最初だけ」  龍之介さんが苦笑いする。確かに最初こそ彼のところに行ったものの、子猫たちはすぐに私の足元に駆け寄って体を擦りつけてきた。そして可愛い声をあげる。しっぽをピーンと上に立てながら、体を擦りつけてくるのはとても機嫌がいいときだと彼は教えてくれた。柔らかな体毛がストッキング越しに足首を掠めていく。 「リンダ、アンナ。今日はとってもおいしそうなご飯よ。いらっしゃい」  そう言いながらキッチンへ向かうと、猫たちは何の迷いもなく私を追いかけてきた。 「風呂の用意をしてきます」 「えっ?」  私の荷物が入ったバッグを持ったまま、彼が浴室のほうへ向かおうとした。 「ちょ、ちょっと待ってください。その前にバッグ……」  慌てて引き留めると、それに気付いた彼が照れくさそうにしながらバッグを手渡してくれた。 「クロゼット使っていいですよ。俺の服はほとんどないから」 「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせていただきます」  彼を見上げながらそう言うと、嬉しそうな顔を向けられてじっと見つめられた。つかの間の沈黙にいたたまれなくなってきて、顔をうつむかせようとしたとき。 「一緒に、入りませんか?」  その言葉を耳にしたとき、聞き間違えかと思ったけれど、そうではない。現に彼は真面目な表情で私を見つめている。なんと返していいか分からず戸惑っていると、バッグを持った私の手に、彼が大きな手を重ねてきた。 「冗談ですよ」  言葉ではそう言っているけれど、きっと冗談ではなかったと思う。苦笑している彼の瞳が残念そうなものになっていた。 「か、からかわないで、ください……」  ふてくされた風に言うと、彼は手を離しそのまま浴室へと立ち去った。その後ろ姿を眺めながら、早鐘を打ち鳴らしているような鼓動をどうにか鎮めようとした。胸の高鳴りはなかなか鎮まってくれず、数度深呼吸を繰り返した後ようやく息苦しさがなくなり、子猫たちの夕食作りにとりかかることができたのだった。  夕食を与えると、子猫たちは勢いよく食べ始めた。そして食事を取り終えて満足げな顔で彼女たちは横たわり、口のあたりに残っている匂いを取るべく身繕いをし始めた。  ふわふわの体毛で覆われた腕をペロペロなめた後、それで頬を拭う姿はかわいらしい仕草に見えるが、猫にとってはとても大事な行為だという。それを眺めていると、龍之介さんがリビングに戻ってきて、私のすぐ隣にしゃがみ込んだ。ほのかに柔らかな石けんの匂いがする。 「着替えるついでにシャワーだけ浴びてきました」 「えっ?」  隣にいる彼を見ると、確かに湯上がり姿になっていた。しっとりと濡れた髪が額にかかり、その隙間から覗く目が私を見つめている。首にはアイボリーのタオルが掛かっていて、むき出しになっている上半身が見えた。普段こそスクラブの上に白衣を着て隠れているけれど、実はしっかりとした筋肉がついている。学生時代にラグビーをしていて、必要に迫られて体を鍛えていたらしい。ムキムキではない引き締まった体が見えて、思わず顔を逸らした。幾度となくからだを重ねていても、未だに彼の体を見るのは恥ずかしいものがある。 「麻音子さんは、ゆっくり湯に浸かってください」 「あ、それ、じゃ、お言葉に甘えて……」  そう言いながらそそくさと立ち上がり、バッグを持って浴室に向かうことにした。
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