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やさしいひと

 優しさというものには種類がある、と思う。わざとらしい優しさや何かを引き出すための優しさに接すると、その裏に潜む計略的な匂いを感じ取り、重く感じてしまう。でも何も求めない優しさに接すると、ほっとすると同時に己の器の小ささを痛感させられる。多分私は優しさに触れ慣れていないのだろう。異性から向けられる優しさに限っては特に。  婚約者から向けられる優しさは、まるで陽だまりのよう。ぽかぽかと暖かく、心まで温かくさせていく。そしていつの間にかその優しさに包まれて、ずっとこのまま側にいたいと思ってしまう。その優しさを感じるのは私だけではない。彼が開業しているクリニックにやって来る動物たちはそれを本能的に感じ取っているようだし、飼い主さんやそこで働くスタッフさんも彼の優しさを認めている。 『縁側でぼうっとしているうちに寝ていたようで、気が付くと野良猫が数匹すぐ側で寝ていました』  人は誰しも自らのことを形容するような話を用意しているものだ。いかに自身が優しいか、いかに自身が無害であるかを示すような話をして相手の様子を窺い、距離を縮めようとする。会話の中にそう言ったものを織り交ぜながら、互いを推し量る。そのいい例が見合いだといってもいいだろう。  あの光景を見ていなければ、彼から告げられたこの話も話半分程度に聞いていたと思う。しかし見合いが始まる少し前、庭先で見た光景はそれを裏付けるには十分なものだった。  間もなく見合いが始まろうとしていたときのこと。控え室の窓から庭先を眺めていると、そこにグレーのスーツを着込んだ男性がやってきた。彼は庭の真ん中ほどにある池の辺りで立ち止まり、そのまま何かを眺めている。その視線の先にあるものを見てみると、敷石の上で雀が数羽ひなたぼっこをしていた。その光景を見ている彼の表情はとても柔らかく、それから目が離せなかった。  そして時間となって控え室を出たのだが、その彼はまだ雀を眺めていた。その光景が胸の奥に残ったまま見合いが行われる部屋へ行ってみると、そこには見合い相手はいなかった。それからしばらくその相手を除く全員が黙り込んだまま待っていたのだが、数分経ってやってきたのは庭で雀を眺めていたその人だった。 『すみません。ひなたぼっこしている雀を見ていたら時間を忘れていました……』  そのときのことを振り返っているうちに、心がじんわりと温かくなっていた。そしてそのときのしゅんとした顔を思い出してしまい、ぷっと噴き出しそうになっていてそれを慌てて押しとどめた。 「麻音子、どうしたの?」  すかさず隣の席で伝票を入力しているみずきから尋ねられた。 「ううん、なんでもない」  何でもなかったように話すが、みずきには通用しなかった。 「大方、婚約者のことでも考えていたんでしょう」 「えっ?」  そのとき頬がぼっと熱くなった。みずきはにやにやしながらじっと私を見つめている。 「やっぱりそうか……」 「あっ、あの、みずき?」  言い当てられてしまったことで思いのほか動揺していた。すると私を見ていたみずきが急に真面目な顔をする。そして居住まいを正し始めたので、何事かと思いながらそれを見ていると、彼女が声を潜めてきた。 「麻音子に頼みがある」 「な、なに?」 「お願い!」  目の前でみずきがガバッと勢いよく頭を下げて頼み込んできた。急な展開に頭がついていけなくて、それをぼうっとしたまま眺めていると、みずきが急に体を起こし手をぎゅっと握りしめてきた。 「婚約者のお友達を私に紹介して!」  みずきの口から飛び出た言葉に驚いてしまい、必死な顔で訴える彼女を眺めたまま、しばらくぼう然となっていた。
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