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心の片隅にある罪悪感

『雀に近づいても人と思われてないのか、逃げられないんですよねえ』  見合いの席で彼は頭を掻きながら呑気に話していた。その飄々とした姿に、その場にいた全員がどんな言葉で返していいか困っていたけれど、当の本人は平然と振る舞っていた。  後々父親から聞かされた話だが、そのときに直感したらしい。私と結婚することを。なぜそんなことを感じたのか聞いてみたけれど「こればかりは男の勘としか言えない」とのことだった。  容姿も肩書も婚約解消した人より劣っていた彼。でもなぜだろう。初めて彼を見かけたとき目が離せなかった。その時の姿を思い浮べていた時上司から声を掛けられた。 「もう少しで結婚式だね」 「と言ってもまだ三ヶ月ありますがね」 「まだじゃないよ、もうだ。僕が結婚したときはあっという間に当日が来ていて、式場に向かうときなぜだか焦ったものだよ」 「そんなものですかね? 私個人はまだ三ヶ月という気持が強くて」  そう答えると上司は苦笑して見せた。 「まだ、か。もしかして時間の流れが遅く感じてるのかな?」  時間の流れが遅く感じるのはなぜなのか。そう問われているような気がした。 「かのアインシュタインは言った。熱いストーブの上に手を置くと1分が1時間に感じられる。でも、きれいな女の子と座っていると、1時間が1分に感じられる。それが相対性だと」 「相対性理論は未だによくわからないですが、その例えは分かりやすいです。楽しい時間ほどあっという間に感じるし、苦しい時間ほど長く感じるってことですよね」 「そうだ。同じ時間の流れでも感じる長さが違う。だとするならば、今の君は婚約期間を楽しんでいないということになる。あくまでも推測だが」 「早く彼と夫婦になりたくて、結婚式までの時間が長く感じてるかもしれませんよ?」  そう切り返すと、上司は額に手をあてて「降参」と悔しそうに言っていた。 『今の君は婚約期間を楽しんでいないということになる』  上司から投げかけられた言葉は、思いのほか重く感じた。誰しも皆結婚するまで、わくわくとどきどきが続くわけではないと思う。夫となる男とともに新しい生活を築くことに不安を抱くものもいる。人間だれしも未知の世界に足を踏み入れるときは、不安と期待でいっぱいなはずだ。期待が上回れば最初の一歩を踏み出せるけれど、些細な出来事で不安が期待を上回ったとき、ぴたりと足が止まってしまう。  どこまでも優しく穏やかな婚約者に、何も不満も不安もないはずだ。  でも彼が時折見せる陰りを帯びた目は、不安を抱かせるには十分だった。  彼は私が婚約破棄をされたことを知っているのだし、もしかしたら変な気を使っているのかもしれない。  お付き合いに関してはまだいいけれど、結婚となると話は別だ。一生の問題ともいえることを、そのような理由で決めたのならば申し訳ない気にさせられる。  あの婚約破棄は計画されたものだということを告げなければ。そして彼を解放してあげたかった。  でも彼の優しさに触れてしまうと、言い出せなくなってしまう。向けられる優しさに甘えたくなるし、喜びさえ感じてもいた。だけど心の片隅には、罪悪感を抱いていたのも事実だ。今夜こそ彼に告げよう。そしてこの婚約は解消してもらおう。そう思い続けているうちに結婚まで三ヶ月となっていた。
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