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第六話

 広い王城だけに、道を聞いたところで迷う心配もあったクレアは、近衛騎士の男が先立って歩き出したので少しほっとした。背の高い後ろ姿に惚れ惚れしつつ、彼のあとをついて回廊を進む。  やがて明かりがそこここに置かれた庭に出てきた。広間からは少し離れたところらしく、音楽や人々の喧噪が遠くからさざ波のように聞こえてくる。  明かりが照らし出す庭園も、夜空の下だからか、とても幻想的に見えて、クレアはついつい感嘆のため息を漏らしていた。 「素敵……」 「この庭を突っ切ったところが馬車寄場だ」 「あ、はい」  足を止めてぼうっとしていたクレアは、慌てて近衛騎士を追いかける。  と、今度は彼のほうが足を止めた。  どうしたのかと思ったとき、彼のすぐ足下から「みゃあ」と可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。 「まぁ、猫ちゃん……?」  磨き抜かれた騎士の長靴に、すらりとした身体をスリスリとこすりつけているのは、濃い灰色の毛並みをした子猫だった。  みゃあ、と答えるように鳴く姿が愛らしい。篝火に浮かぶ瞳もくりくりで愛らしく、クレアはたちまち笑顔になった。 「なんて可愛らしいのかしら……! あなたの飼い猫なのですか?」 「まぁ、そのようなものだ」  もっとよく近くで見たいと、クレアはスカートを捌いて身をかがめる。愛らしい子猫はさっと長靴の影に隠れつつ、好奇心旺盛な様子でクレアを見つめてきた。 (可愛い……!)  よく世話をされているのだろう。明かりの下でつやつやの毛並みが光り輝いている。よく見れば首には赤い首輪がしてあって、可愛がられている様子が見て取れた。  クレアがあまりにまじまじ見るためか、騎士が猫のお腹に手を入れひょいっと持ち上げる。騎士として日々剣を握る手は大きく、小さな子猫など片手で乗せられるほどだ。 「……こいつとよく似ていたから、あなたを助ける気になったんだ」 「え……?」  目の高さに持ち上げられた子猫にすっかり魅了されたクレアは、騎士が囁いた言葉にびっくりして顔を上げる。  すると騎士の青い瞳が、じっとこちらを見つめているのに気づき、どきりとした。今更ながら、彼がとても整った容姿をしていることにも気がつく。  切れ長の瞳に太い眉、すっと通った鼻梁に引き締まった口元は、男らしく精悍な雰囲気に溢れている。それでいて雅な雰囲気もあるが、頭を支える首は太く、身体もしっかり鍛えられていることが騎士服を着ていてでもすぐにわかった。  夜風になびく金の髪と長いマントが、なんとも幻想的で、つい頬を染めて見入ってしまう。  彼もこちらをじっと見つめてくるので、クレアは恥ずかしくなって顔を伏せた。 「こ、こんな可愛い猫ちゃんに似ているなんて、恥ずかしいです……」 「似ているだろう。髪など、同じ色だ」  風に踊るクレアの髪を一房そっとすくって、騎士は静かに言う。  確かに、クレアの髪はこの猫の毛色とそっくりだ。黒髪と言うには白みが強く、銀髪と呼ぶには黒すぎる。濃いめの灰色と称するのがぴったりの髪。  泥水のように見えるくすんだこの色が、クレアはずっと好きではなかった。  だが愛くるしい猫と同じ色だと言われれば、なんとなく自分の髪色も捨てたものではないと思えてくる。 「……ありがとうございます」  はにかみつつ、クレアはまぎれもない気色が滲む声音で礼を言った。  そして騎士の手の中の猫に改めて顔を近づける。 「あなたのおかげで助けていただけたわ。ありがとう、猫ちゃん」  くりっとした瞳で見つめられ、クレアはきゅんっとするまま、猫の鼻先にちゅっと口づける。  驚いた子猫はぴくんと身体を揺らし、騎士の手から飛び降りると、茂みの中へ走り去ってしまった。 「いやだったかしら。嫌われてしまいました」  残念な思いで苦笑を向けると、騎士は驚くほど真剣な面持ちでクレアを凝視していた。 「騎士さま……?」 「わたしはあの猫が、あなたに化けて現れたのかと思っていたがな」 「えっ?」 「乱暴されているあなたを見たとき、あの猫が人間の姿になって出てきたのだと……。それほど、あなたの髪も目の色もあいつに似ていたし、愛くるしさもそっくりだった」
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