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第四話

 そうこうしているうちにダンスの時間だ。中央の開けたところでダンスが始まるが、ボードンは踊る気はないらしく、ひたすら顔見知りと話し込んでいる。  華やかな音楽に合わせ、くるくる踊る人の輪を見るともなく見ていると、クレアは踊りたくてたまらなくなった。彼女はダンスが好きなのだ。デビューしていないから社交界で踊ったことはなかったが、亡き父はよくクレアのダンスの練習に付き合い、まだ小さかった彼女を易々と抱え、楽しく踊らせてくれた。それを母も嬉しそうに眺めていて…… 「なにをしている、クレア。フィリップ卿に挨拶しなさい」  幸せな思い出が低い声に遮られ、クレアは息を呑んで視線を上げる。ボードンの厳しいまなざしとかち合い、背筋がすっと冷えた。 「あ……失礼いたしました。クレアと申します。以後お見知りおきを……」  慌てて頭を下げ、ボードンと話していた男に挨拶する。そっと上向いたクレアは、フィリップ卿という男がこちらをじろじろ見ているのに気づき、ゾッとした。 「ほほう、これは可愛らしいお嬢さんだ。掘り出し物を見つけましたね、ボードン卿」 「そうおっしゃっていただけますか。ありがたい。いずれは卿のもとにも、この娘をお邪魔させていただきますので……」 「ほほほ。楽しみにしておりますぞ」  どこか含みを持たせた笑い声とともにフィリップ卿は離れて行ったが、そのあいだもチラリとクレアを振り返っては、抑えきれない微笑みを浮かべているのが気味悪かった。 (それに、いずれわたしをお邪魔させていただくって……)  嫌な予感を感じ、クレアは小声でボードンに詰め寄った。 「ボードン様、先ほどの、フィリップ様におっしゃった言葉……いったいどういう意味ですか?」 「んん? なんだ、気になるのか?」  フィリップと同じか、それ以上に薄気味悪い笑みで、ボードンは答えた。 「フィリップ卿は若い娘がお好きなのだよ。若い娘で、愉しむことがな。好きなだけともにいることができる娘を献上すれば、きっと多くの金子を弾んでくださるだろう」  娘で愉しむ……その具体的な内容はクレアには計り知れないが、よからぬことであるのははっきりわかった。おまけに金子を弾むなど……クレアには、ボードンが彼女を商品としてフィリップ卿に差し出し、代わりに金銭を得るようにしか聞こえない。というか、そうなのだろう。  ここまで従順にしてきたクレアだが、さすがにその言葉を聞き流すことはできず、思わず足を止めてしまった。 「なにをしている。次はあちらに行くんだぞ?」 「今のお言葉……撤回なさってください。わたしは、あなたの花嫁になることは受け入れても、他の方に商品として差し出されるのは絶対に嫌です」  それまでおとなしかったクレアがきっぱり言い切ったことに、ボードンは驚いた様子だ。  肉に埋もれそうな目を大きく見開いて、次いで凶悪さが見える微笑みを浮かべた。 「ほほう。小娘の分際で、このわしに逆らうのか。面白いな」  実際は面白いなどとかけらも思っていない目で、ボードンはクレアを睨みつける。ここで目を逸らしてはいけないと、クレアも必死になるが、おかげでボードンの逆鱗にふれたらしい。 「少し躾をしないといけないらしいな。こい、クレア」 「いやっ……!」  唐突に腕を取られ、クレアはとっさに身を引こうとする。それを易々と捕まえて、ボードンはほとんど引きずるようにクレアを広間から連れ出した。 「待って……どこへ行くのですか?」 「こういう舞踏会では、気分を悪くした者のために休憩所が用意してあるものなのだよ。いい機会だから使わせてもらおうか。ほら、ぐずぐずしないでさっさと歩け!」  高圧的な物言いに彼の本性を感じて、クレアは震え上がる。このままその休憩所戸やらに連れ込まれたらただでは済まない。そう直感して、なんとか逃れようとするも、男の力に叶うはずもなく―― (いや、いや! どうしたら……!)  そのとき、運良くこちらに歩いてくる背の高い男性を見つける。クレアは夢中になって叫んだ。 「た、助けてください! お願い助けて……!」
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