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第三話

 会場となる広間は、王城の中でも西に位置しているらしく、馬車は建物に沿って大きく迂回していく。王城となると門から建物までもひどく遠く、緊張が煽られるばかりだった。  ようやく馬車寄場に到着し、多くの馬車と同じくボードンの馬車もゆっくり停車する。  さすがにここでは人目を気にするのか、先に降りたボードンはクレアに手を伸ばし、エスコートしようと微笑んだ。  かさばるスカートを持ち上げ、タラップを降りたクレアはおずおずとその手に手を重ねる。でっぷりとした手と高い温度に冷や汗が出る思いだが、必死に笑みを貼りつけ入り口へと進んだ。  白い円柱が並ぶ入り口を過ぎ、受付を終えると、まっすぐに伸びる廊下を通って会場の大広間へ入る。  もう日も暮れた時刻だというのに、広間に入った瞬間、まぶしい光が目を刺して、クレアはついきゅっとまぶたを伏せてしまった。  ゆったりと歩を進めつつ、細めを開けて行くと、ようやく広間の全景が見えてくる。  室内とは思えないほど高い天井に、その天井に届くほどの窓、そこに贅沢にはめ込まれた美しいガラス。ガラスに反射してよりいっそうきらめきを放つ、巨大なシャンデリアと美術品の数々――  あまりに絢爛且つ現実離れした空間に、クレアは笑みを貼りつけるのも忘れ、ぽかんと見入ってしまった。 「驚くのは構わないが、間抜け面をさらすのはやめたまえよ。とんだ田舎者を連れてきたと思われては困るからね」  ボードンがこそこそと耳元に囁いてくる。悪戯めいた口調だが、半分は本心だろう。クレアは慌てて口元を引き締めた。 「おお、これはボードン卿。貴殿も招待されたのかね?」 「こんばんは、ストーン伯爵。そうなのです、このたびさるお方から招待を受けまして、婚約者とともに王城に上がることができました――」 「ほう、婚約者とは。なかなか可愛らしいお嬢さんだ。うらやましいことだね」  伯爵らしい壮年の男は、感情の見えない目でクレアをさっと一瞥する。好意的とは言えない視線にたじろぎつつ、クレアは淑女の礼を取った。  ボードンは機嫌良く伯爵相手になにかを喋っていたが、クレアは周囲からこそこそ聞こえる話し声に気づいて、そっと耳をそばだてる。 「ああ、あれがボードンとかいう商人か。このところ羽振りがいいという……」 「それにしたって、由緒正しい王宮の舞踏会に足を運べる身分ではありませんわ。貴族でもないくせに……」 「お連れが貴族の令嬢なのでは? 見ない顔だが」 「あら、わたしはあの商人の愛人かと思ったけれど。噂では若い娘をとっかえひっかえして楽しんでいるのでしょう?」  そこまで聞いて、クレアは意識的に話し声を頭の外に追い出した。聞きたくもないボードンの話に集中して、心ない噂から身を護ろうとしたのだ。 (爵位を持たない者は、ここでは爪弾き者なのね。だからこそ、ボードン様は伯爵の娘であるわたしを娶る気になったのだろうけど)  貴族令嬢を娶ったところで、好き勝手に憶測する人々が彼を受け入れるだろうか。あまり期待できない気がするが……。 「さぁ、今日は挨拶する人間がごまんといるぞ。今度はあちらだ」 「はい……」  腹を揺すって宣言するボードンに、クレアは従順に頷き、暗くなる思考を打ち切った。 (考えたところで、わたしにはどうすることもできないわ。せめて愛想よくして、怒られることがないようにしないと)  ボードンも今は機嫌がいいが、クレアが少しでも反抗したら、きっとつらく当たるようになる。それこそ叔父夫婦と同じように。  彼がそういう人間であることを、クレアは早くも嗅ぎ取っていた。  両親を亡くしてからというもの、クレアには自分の心身を護るため、考えを封じ込めて唯々諾々と従う癖がついてしまっている。おかげで気をつけないとすぐ無表情になってしまうほどだ。  修道女たちはそんなクレアを心配してくれたが、彼女たちと再び会うことももはや叶わない。クレアにできるのは、せいぜい相手の不興を買わないよう、相手の望むままに振る舞うことだけだ。  その後もボードンは参加している顔見知りに片っ端から挨拶に出向き、相手へのおべっかや自分の商売の自慢を蕩々と並べ立てた。クレアはその隣で微笑むばかりだが、時折向けられる品定めの視線には辟易するばかりだった。  品定めならまだいい。あからさまに軽蔑や侮蔑を向けてくる貴婦人などもいて、そのたびに胃がキリキリ痛む思いだった。  一通り挨拶を終えると、あらかたの招待客が到着したのか、華やかな音楽が流れ始める。  やがて奥にしつらえられたひな壇に、王族と思しき方々が入場してきて、拍手がわっと高い天井にこだました。 「いずれはあそこに近い場所に行くぞ」  笑顔で拍手しながら、ボードンはギラギラした視線でひな壇を見つめている。  同じ招待客というくくりでも、広間の中央からひな壇に近い場所に入れるのは、伯爵以上の地位を持つ者のみなのだそうだ。さらにそのひな壇のすぐそばで、陛下のお声を賜れるのは侯爵以上の者のみ。  伯爵家の娘とは言え、伯爵である叔父とともにきたわけではないクレアとでは、広間の中央をうろつくのがせいぜいだ。  今はそれで満足するが、いずれはさらに奥の間へ……。ボードンがそう野心を抱いているのは明らかで、クレアは身震いしてしまう。  きっとボードンはさらなる人脈を広げ、商売を拡大したあとは、クレアを捨ててもっと身分の高い令嬢をもらい受ける。脳裏にそんな考えがひらめいて、目の前が真っ暗になりそうだった。 (……いいえ。そうなったら今度こそ修道院に入って、子供たちに勉強を教える道を選べばいいわ)  むしろそれを楽しみに日々を乗り切っていこう。  クレアはひっそりと決意を固めた。
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