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第二話

「ほーお。聞いていたよりもずっとお美しい! あなたのように若く麗しいお嬢さんをもらえるとは、わしはたいそうな果報者だな、うん」  満足顔でそう頷いたのは、叔父に負けず劣らずでっぷりと肥え太った男だった。  年の頃は中年より少し上。だが眼光は鷹のように鋭く、クレアは自然と首をすくめて小さくなってしまった。 「ごきげんよう、ボードン卿。今宵は姪をよろしくお願いいたします」 「うむ。確かに預かりましたぞ。なぁに、ご心配めされるな。これだけ美しいお嬢さんだ。悪いようにはしませんよ……」  深く頭を下げる叔父に対し、ボードン卿は機嫌良く笑う。そしてクレアをエスコートすることなく、さっさと馬車に乗り込んだ。  装飾がきらびやかな二頭立て馬車は、ボードン卿が自らの屋敷から乗ってきた特注品だという。前方に掲げたランプの明かりに、ゴテゴテした装飾が反射するのを見るともなく見つめて、クレアはのろのろとタラップに足をかけた。  御者が外から扉を閉めると、馬車はすぐに動き出す。見送る叔父夫婦がニヤニヤと口元を緩めているのに否応なく不安を煽られる。今すぐにでも馬車を飛び降りたいが、そんなことをすれば目の前の男はもちろん、叔父夫婦も烈火のごとく怒り狂うであろう。 「おどおどとした表情でいるのは、これから行くところでは控えるように。わしが嫌がるお嬢さんを無理やり引っ張ってきたふうに見えてしまうからな」 「は、はい。申し訳ありません……」  唐突に声をかけられ、クレアはビクッと肩を揺らす。殊勝に頭を下げると、向かいに座るボードン卿はかすかに鼻を鳴らした。 「だが、こうして二人きりでいるときは別に構わぬよ。そうやっておびえるお嬢さんを優しく懐柔するのも、この年寄りの楽しみなのでなぁ……」  言いながら、ボードン卿はクレアを上から下までじっくり観察する。視線で舐め回されるとはこういう感じなのかと思うほど、執拗で恐ろしいまなざしだった。  おかげで移動するあいだのクレアはずっと息苦しさに見舞われていたが、馬車の車輪は軽快な音を立てて目的地へと進んでいく。到着予定地は、なんと、この国の王族が住まう王城だった。  普段は王都から少し離れた伯爵家の領地に住んでいるが、ボードン卿がクレアを王城の舞踏会に連れ出したいと告げると、叔父夫婦はすぐさま荷造りをして王都の屋敷へ移った。  ちょうど社交界が始まる季節ということもあり、普段は領地住まいの貴族たちも続々と王都に入ってきている。おかげで普段は空き家であろう屋敷も、華やかな雰囲気を醸し出していた。  クレアにとっても初めての王都なのだが、あいにく都会にやってきたことへの喜びはほとんどない。むしろこのままボードンと結婚することで、二度と領地へ戻れないことが気がかりだ。  領地を出る前、修道院に手紙を送ることはできたが、修道女や子供たちに直接挨拶できなかったことも悔やまれてならなかった。 (もう一ヶ月近く会っていないわ。みんな元気にしているかしら。次に会ったときは女の子たちにレース編みを教えて、男の子たちには絵本を読んであげる約束だったのに)  それが果たせなくて申し訳ないと、クレアは終始沈み込んでいた。 「さて、そろそろ到着だ。今宵のあなたの装いはとても素晴らしいよ。仕上げは初々しくも愛らしい笑顔だ。このわしに恥をかかせないためにも、ひとつ頼むよ」  王城へと続く大きな跳ね橋を渡っているとき、ボードン卿が朗らかな声で念を押した。  口調こそ軽いものだったが、眼光の鋭さは健在で、クレアはこくりと喉を鳴らしてしまう。とうてい笑える心境ではなかったが、ここで逆らうのは懸命ではないと、彼女は必死に口角を引き上げた。
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