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第一話

「喜べ、クレア! 愚図で可愛げのないおまえも、ようやく我が伯爵家のために役立つときがきたのだ!」  日課になっている孤児院への訪問を終え屋敷に戻ってきたクレアは、出迎えた叔父にそう言われ目を丸くした。  いつもはクレアを忌々しく思っているであろう叔父が、今ばかりは瞳を爛々と輝かせ、笑顔でいることも彼女の不安を煽った。  叔父の隣に並ぶ叔母も、満足げな表情で扇を揺らしている。 「朗報よ、クレア。おまえをもらってくださる殿方が見つかったのよ」  もらってくださる……?  その意味をゆっくり理解したクレアは、こくりと喉を鳴らした。 「それは、つまり……わたしに縁談があるということでしょうか?」  叔父たちの笑みが深くなる。  縁談。そう聞けば、年頃の娘であれば誰もが浮き足立ってもおかしくない。  今年十八歳を迎えたクレアも、年相応に結婚への憧れは抱いていた。  けれど……  クレアはチラリと叔父夫婦を見やる。  叔父はクレアの亡き父、先代のバドル伯爵の弟だった。もとは騎士を目指して修行をしていたというが、師事した騎士の指導のあまりの厳しさに早々に音を上げたらしい。それを怒った父親(クレアにとっては祖父に当たる人物だ)に家を追い出され、以来伯爵家とは離れて暮らしていた。  だが三年前クレアの父親が亡くなったため、爵位は叔父へと継承された。以来、叔父は妻とともにこの屋敷に住まうことになったのだ。  叔父がここへきた頃には、クレアには母やなじみの使用人がついていた。だがもともと病弱だった母が父のあとを追うように亡くなると、叔父はそれまでいた使用人をほとんど解雇し、どこからか集めた人々を雇うようになった。  だが彼らは使用人というより、屋敷とどこかを出入りして、なにか別の仕事をしているようで、家の中は寂れるばかりだった。  見かねたクレアが家のことをするようになると、叔父たちは当たり前のように彼女をメイド扱いし、食事の世話や掃除、洗濯を彼女にばかり任せるようになったのだ。  だが、本来なら社交界にデビューし、華やかな暮らしを送っているはずのクレアが表に出てこないのは外聞が悪い。ましてメイドのように働かされていると知られてはことなので、孤児院の訪問のときだけは、ドレスを着て外出することを許されていた。  日々の家事と労働に終われるクレアにとって、孤児院を訪問し、幼い子供たちに文字や計算、歌や刺繍を教えたりするのは唯一の癒やしの時間だった。  子供たちもクレアになついているし、孤児院を運営する修道院の修道女たちにも、訪問は歓迎されている。 (社交界で貴族令嬢として生きるよりも、修道女になって、子供たちの世話をする生き方のほうが性に合っているかもしれない)  最近ではそんなことを考える機会も多くなっていた。  そんな最中での、結婚話だ。クレアは慎重に叔父に問いかけた。 「あの、お相手はどのような方なのでしょう……?」 「ボードン卿という名の紳士だ。大変な資産家で、この頃は大貴族が主宰するサロンにも招かれるほどの有名人だ。おまえのようなみすぼらしい娘にはもったいないお相手だよ」 「……」  資産家と口にしたときの叔父のにんまりした表情に、クレアの不安はますます大きくなる。  社交界に出入りすることがないだけに、名前を聞いても誰かはさっぱりわからないが、なんとなく若い娘が喜んで嫁げる相手ではない気がした。 「……叔父様、わたしはまだ結婚なんて考えられなくて……」 「なにを言う! おまえももう十八。早い娘は十六で他家に嫁ぐものだぞ? あと二年もすれば行き遅れになるのだから、良縁はしっかり掴んでおくに限るだろう!」  頬の肉に埋もれている小さな目をくわっと見開いて、叔父は断固として主張してくる。  クレアが断ることなど微塵も考えていないという面持ちだ。いや、断ることなど許さない、というのが本音かもしれないが。  おかげでますますこの縁談がよからぬものに思えてきた。  だが絶望感から眉尻を下げるクレアを見て、叔母はキラリと鋭く目を光らせる。 「まぁクレア、こんなにいい縁談を断ろうとするなんて……。まさか、誰か好いている男でもいるのではないでしょうね?」 「なっ、そんなことは……」 「なんだとっ? まさかとは思うが、その男とすでに寝ているなんてことはないだろうな!?」 「ね、寝て……?」  なにを言われているのかわからず、クレアは戸惑ってしまう。  一拍遅れて、男性と寝るというのが褥をともにすることだと理解して、カッと頬を赤らめた。 「そ、そんな、ふしだらなことっ。ありえません……!」  あまりのことに目元を赤らめ、しきりに恥ずかしがるクレアを見て、叔父夫婦もそれが偽りではないとわかったようだ。それならよろしい、と前のめりになった身体をいったん落ち着かせた。 「だが、そういった男もいないのなら、縁談を断る理由もあるまい。結婚は貴族の娘の最大の務めだ。それはおまえもわかっているだろう?」 「それは……はい。でも……」 「さぁ、そうと決まれば忙しくなるわね! クレア、もう孤児院の訪問もおやめなさい。ドレスを仕立てて、お嫁入りの支度を調えなければなりませんからね。わかりましたね?」  一方的かつ高圧的な叔母の言葉に、クレアは慌てて言い返そうとする。だが叔父が「その通りだ!」と大声でそれを遮った。 「おまえの嫁入りの支度は、ボードン卿から援助をいただけることになっている。ドレスや小物やらいろいろ必要だろうが、ボードン卿への感謝の気持ちも込めて、すべて彼の好みで仕上げるように!」 「さっそく仕立屋を呼びましょうか。姪が結婚するとなれば、わたしたちの支度も必要ですからね。ああ忙しい、忙しい」  叔母はうきうきと若い娘のような面持ちで扇をそよがせる。  わかっていたこととはいえ、クレアの意見は彼らにとって不要のものであるらしい。  だが孤児院行きまで禁じられるのはつらかった。せめてお嫁入りまでは通うことを許してほしいと訴えたが、すげなく却下されてしまう。  だが翌日から嫁入り道具を揃えるため、仕立屋や家具屋などがひっきりなしに屋敷を出入りするようになり、それなりに忙しい日々が始まった。  人形のようにただ突っ立って採寸されるばかりだったが、嬉々として仕立屋と話をする叔母や、上機嫌で散財する叔父を見ていると不安が募っていくばかりで、結婚相手との顔合わせの日が近づくにつれ憂鬱になるクレアだった。  そして結婚相手との顔合わせをする、さる舞踏会の夜。  それはクレアにとって忘れられない一夜となるのだった。
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