8 / 17

Act.3-02

 遥人は、桜に寄り添う少女を背中越しに抱き締めた。  自分でも、何故、少女を抱きたいと思ったかは分からない。  だが、これで少しは、ずっと抱え続けてきた少女の孤独を癒せるのでは、などと都合の良いことを考えた。  遥人に包まれた瞬間、少女の身体がピクリと反応した。  突き放されるかと不安になったが、そんなことはなく、むしろ、遥人に自らの身体を預けてくる。  頬を触れられた時も思ったが、身体も温かさを感じない。  そして、あまりにも小さくて、腕の力を籠めると、遥人の中で粉々に砕けてしまいそうだ。 「――憶えていらっしゃらないでしょうね」  周りの風音にかき消されそうな囁き声で、少女がゆったりと口を開いた。 「あなたは昔、私をその力強い腕で抱き締めて下さったのです、今と同じように。あの頃のことは、はっきりと想い出せます」  少女は身じろぎした。  もしかしたら、苦しくなったのだろうかと思って、遥人は腕の力を弱めた。 「悪い。ちょっと強引過ぎたか?」  恐る恐る訊ねると、少女は、「いいえ」と頭を振って体を反転させた。  少女の濡れた瞳が、真っ直ぐに遥人を見つめてくる。 「ひとつ、お願いがございます」 「お願い?」 「ええ」  不思議に思いながら遥人が目を瞬かせると、少女は首を縦に動かし、続けた。 「わたくしの名を、呼んで下さいませんか?」 「あんたの、名前を?」 「はい」  名前を呼んでほしいと望まれても、遥人は少女の名前を知らない。  そもそも、少女の名を口にすることにどんな意味があるのか。  だが、少女は真剣だ。  声に出して呼んでほしい、と強く目で訴えてくる。 「――名前、教えてくれないと……」  少女に根負けし、遥人は口を開いた。  少女は眩しそうに目を細める。  そして、そのほんのりと紅い唇から、「トキネ」と名前が紡がれた。 「わたくしの名は〈トキネ〉です」 「トキネ……?」 「はい」  少女が小首を傾げながら破顔させているのを見つめながら、遥人は、〈トキネ〉はどんな字なのだろうかと考えた。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!