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「う…」 「アベル…!!」  何時間経っただろうか。アベルのうめき声で私は目を開けた。 「僕は…」 「ごめんなさい、私が血を吸いすぎたから…!!」 「…ぁ、そういえば…うん、大丈夫」  具合の悪そうなアベルがベッドから起きようとするのを制止して、そのままもう一度寝かしつける。そして再びベッドに寝転がった彼の頭を撫でる。 「…大丈夫だよ、少し貧血になっただけだから」 「でも、私のせい…で」 「許可したのは僕だからリラが気に病む必要はない」  撫でていた腕をそっと掴まれて、そのままきゅうっと手を握られる。彼の体温はいつもより少し冷たかった。 「…確かに貧血のはずなんだけどいつもより体調が良い気がする。まだすこしけだるいけど次に起きたら跳ね回れるくらい元気になれそう、そんな気がするんだ」 「…跳ね回るのは駄目ですよ」 「ふふ、わかってる。それにこの足じゃジャンプできないから心配しないで」  ああ、きっとその体調がいい原因は私の細胞が体を活性化させているから。彼を少しでも人知を超えた存在にしてしまった罪悪感で胸が潰れそうだ。 「リラ、どうしてそんな顔してるの?」 「…」  アベルの指が私の頬に触れて、そのままゆっくりと目元を拭う。彼の指には雫が一粒乗っていた。 「…リラ、あのね」  彼の言葉がぴたりと止まる。  そして、真剣な顔をして私からゆっくり手を離した。 「これ持ってクローゼットに隠れて」 「…え?」 「いいから」  手に血まみれのシャツを押し付けられる。彼は、慣れた手つきでささっと替えに置いておいた同じような白シャツのボタンを止めると、目でもう一度私に指示を送る。  私は何もわからずにシャツを握りしめたままクローゼットの中に入り、内側から扉を締めた。  一体どうしたというのだろう?  彼の考えていることがわからないがとても真剣な顔をしていたからただ事ではないのだろう。  そっと、隙間から彼と部屋の様子をうかがう。  血の飛んだ箇所をささっと拭って、タオルを布団の中に放り込むと、ベッドサイドにおいてあった本を手にとって優雅にベッドに座りなおす姿が見えた。  はてなマークを浮かべながらその続きも見守る。  階段を登る音がする。  …聞いたことのない靴音だ。  アドリーヌの靴音はもっとカンカンけたたましいし、たまにものを届けにくるメイドの靴音はもっと軽くてゆっくりとしている。  今聞こえる足音は、重くてやけに神経質な感じがする。この足音の来訪者は誰なのだろう?  コンコン。  扉が二度ノックされ、返事も待たずにばたんと木製の扉が音を立てる。 「アベル、様子を見に来た」  扉が閉まり、来訪者の姿が見える。  アベルと同じ黒い髪の毛に、緑色の瞳の男の人だった。同じ特徴を持っているのにアベルとは180度違うのがここからでもわかる。  がっしりとした体格、大きな身長、短く整えられたオールバックスタイルの髪の毛、神経質そうな歩き方、それから眉間の皺。 「ああ…兄さん、久しぶりだね」  のんびりとアベルが彼の方を向いて微笑む。  兄さん。  つまり、彼はアベルの兄…エドガーということか。  アドリーヌから聞いていた情報と随分と違ってびっくりして思わず凝視する。 「僕のところを訪ねてくるなんて何かあった?」 「特別何かあったわけではない…しかし、最近やけにアドリーヌ嬢がここを訪れお前に会っていると聞いた。何か企んでいるのかと思ってな」 「…別になにもないよ?」  ぴきっと彼の眉間に更に皺が寄る。 「…確かにペルグランの家と仲良くしておいて損はない、しかし彼女はペルグラン家の大事な大事な一人娘だ、くれぐれも変な気を起こすなよ」 「アドリーヌは幼馴染なんだから今更そんな気は起こさないよ」  にこにこ顔のアベルと段々険しい顔になっていくエドガー。態度までまるで正反対だ。 「兄さん、顔が怖いよ」 「誰のせいだと思う?」 「僕のせいかな?」 「わかっているじゃないか」  ふぅとわざとらしく大きくため息をつくエドガー。  まるで忌々しいものを見るような目でアベルを一瞥して目をそらした。 「明日は一族での食事会だ。お前も参加するように」 「…あれ?僕も?」 「ああ。たとえお前でも、ローズブレイドの血を引くものだからな」 「いつもは呼ばれないんだけどねえ…」 「重要な話がある時は参加することになっているだろう?」 「へえ?じゃあ明日は重要な話があるんだね」 「まあな」  じゃあ、時刻は何時もと同じだ。  そう言ってエドガーは扉を締めて、またかつかつと神経質な音をかき鳴らして消えていった。 「リラ、出てきていいよ」  その声を聞いておずおずとクローゼットの扉を押し開ける。 「ごめんね、嫌な会話聞かせちゃって」 「…」  いつもの笑顔が痛々しい。 「アベルは、お兄さんと仲が悪いの?」 「…悪い、のかな?うーん、兄さん達は僕が嫌いだから仲が悪いのかもね」 「達?」 「そう、エドガーが長男、ウェルターが次男。で僕は末っ子の三男」 「ウェルター兄さんはあまり家にはいつかないし、両親も僕には興味ないからエドガー兄さんだけなんだ僕のこと構うのは」 「…でも」  彼は明らかにアベルを快く思ってなかった。  あの眼差しを私はよく知っている。ルイが私によく見せる目だ。明らかに見下している視線、思い出すといたたまれなくなる。 「僕は嫌いじゃないんだけどね兄さんのこと」 「そっか」  アベルに共感する理由。アベルに深入りする理由。  少しずつわかってきた気がする。  私とアベルはやはり似ている。境遇が。肉親に見下され、卑下されてきた自分とほぼ同じ境遇である彼に自分を重ねているのだ、私は。  ひとつ違うのは私は自由で、彼は自由すら無いこと。 「ねえ、リラ」 「…?」  いつの間にかアベルはさきほど私が居たクローゼットの前に立っていた。 「こっちの服とこっちの服、どっちが良いと思う?」 「…?」 「あー、明日の食事会ね。よくセンスがないって言われるからさ」 「…うーん、そのパンツにそのシャツは…」 「え、うそ」  それから、もうひとつ。  彼はそれでも前向きで向き合おうとしていて、私は逃げたこと。  ずきんと心が悲鳴を上げた。
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