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 ガラス越しに窓の景色を見る。今日のお日様は分厚い灰色のカーテンに隠れて姿を表していない。だから私も何時もよりも調子も機嫌も良い。  雨は勿論苦手だ。というより流れる水は渡れないとされているから雨も苦手だ。いや、厳密には渡れないことはないし、雨に打たれたから死ぬことはない。ただ、気分が凄く悪くなる。  十字架も、にんにくも日光も得意な兄達も流水だけは苦手らしく、川のせせらぎの音や雨の音を聞くのを嫌がっていた。  私は音を聞くのは好きだから彼らよりは嫌悪感は少ないがやはり直接雨の降る日に外出して傘越しに音を聞くことや、川を渡るのは難しい。  こうして改めて考えてみると、吸血鬼は弱点が多い気がする。 「リラ」 「あ、アベルおはよう」 「今日は早起きだね」 「うん、目が覚めてしまって…」  むくりとベッドから体を起こしたアベルに近寄る。彼は大きく欠伸をしてベッドサイドにぐちゃぐちゃに置いてある上着に手をかけた。 「少し肌寒い、リラは大丈夫?」 「私は寒暖差には強いから…大丈夫です」 「そっか、でも一応風邪引くかもしれないから」  手にかけた上着を私にかけて、彼はベッドから降りてクローゼットに向かう。その光景をぼーっと眺めながらベッドに座った。  ああ、アベルの香りがする。この上着からもベッドからも。落ち着く香りだ。何度か鼻をすんすん慣らして匂いを堪能する。吸血鬼は人よりも鼻も目も耳も良いからなんでもたくさん感じることが出来る。 「ん…」  アベルに見られていないことを確認してベッドに体をうずめる。全身を彼に包まれているような気分にドキドキする。いい香り…いつも私と肌を合わせる時と同じ、私を優しく甘やかしてくれるときと同じ…  どくんどくんと心臓が脈打つ。香りに欲情してしまうなんて、と自分でも驚いてあまりのはしたなさにまた心臓がバクバクする。 「リラ、なにやってるの?」 「ぅええっ!?」  気がつけば彼がベッドの前に居た。服はもう着替え終えていて、いつものシャツとパンツを着たいつもの状態でキョトンとした顔で立っている。 「あっぁ…これは…その」  必死に言い訳を探す。なんといえば彼は誤魔化されてくれるだろう。目が泳いでいるのが自分でもわかる。 「に、二度寝でもしようと思いまして…」  無理やり口角をあげてぎこちなく笑う。彼は無言で私の隣に腰を下ろした。 「嗅ぎたいなら、直接嗅げばいいのに」 「え……?わっ!!?」  頭を優しく掴まれて、胸に押し当てられる。ああ、香りが鼻孔を突き抜ける。直接脳みそを犯すような甘い香り。まるで麻薬のような中毒性にぞっとしたがもう逃げられない。最初はここまでいい香りだと思わなかったのになぜ。  恥じらいも何もなく、胸元につけた鼻から息を吸い込む。ああ、ああ、だめだ。彼の香りは危険だ。だって、喉が渇いてきてしまった。  血がほしい。  アベルの体に流れる血がほしい。  この香りを放つ血を飲み干したい。ほしい、ホシイ、欲しい。  息が荒くなる。欲望が理性を崩していく。我慢していたのに。忘れていたのに。そうか、この香りは体臭ではなく血の香りだったのか。 「リラ?息が荒いよ」 「アベル、あ、べる…だめ、わたし」 「なあに」  呑気な返答にどうしていいかわからなくなる。このままじゃまた彼の血を直接牙を刺して啜ってしまう。だめ、駄目なのに。 「吸いたいなら吸って良いんだよ」  ねえ?辛いでしょ  そう言って彼は自分から着たばかりの服のボタンを外し始めた。ボタンが外れる度、白い肌が、浮き出る血管が食欲をそそる。   「うっぁ……ほしい、ほしい…飲みたい」 「いいよ」 「でも、でも、わたしは…」 「ほら、辛いでしょ。我慢してたもんね、いいよ」  よしよしと頭を撫でられて、ぷつんと糸が切れた。喉笛を噛みちぎるように噛み付く。アベルの低いうめき声がしたが聞こえないふりをして、流れ出る血を飲む。  熱くて甘くて、まるで麻薬のような血。人間の生の血はやっぱり美味しい。飲めば飲むほど兄達の主張を受け入れられる。  人間の血は最高に美味しい。他の生き物と比べ物にならない。特に良い飯を喰っている貴族の人間は栄養たっぷりで本当に美味。そんなことをロイクが熱く語っていた。今ならわかる。 「ぁ…ぁ………」  か細い声に我に返った。  はっとして、そのままずるりと牙を抜く。ぷしゅっと血が溢れて白いシャツを鮮血に染めていく。 「あっ…アベル、ごめんなさい!」 「…ぅ」  噛み付く場所も悪ければ、飲んだ量もわるかったのか彼の顔は蒼白に染まっていた。ああ、どうしよう。どうしたら。とりあえず止血しなければいけない。  舌先で傷口を舐める。みるみる傷穴から出血が止まっていった。 「アベル…しっかりしてください…あべ、る」 「…はぁ…ぁ…っ」  目の色が濁っている。  このままじゃ、本当に危ない。  ……ああ、神様。きっと貴方は私達吸血鬼など赦さないだろう。けれど今だけ貴方に懺悔をさせてください。禁忌を犯す私を赦してください。  指先を噛んで、自身の血をにじませる。それを彼の口内に一滴垂らした。吸血鬼の血液を人間に摂取させるなんて、それこそ化物を作るような行為だ。  だけど、少しだけなら薬にもなるだろう。なにせ、細胞から何から人間の非じゃないほどに強く優秀だから。  あとは、少し寝ていてもらえれば私の細胞が彼の体を循環し、血液を増やし、数時間後には危機を脱するだろう。  …この程度の量なら、大丈夫。そう言い聞かせて彼の体をゆっくりと横たえた。体を暖めさせるように布団をかぶせて、その横に膝をつく。  白い肌が更に白くなっている。まるで、白雪姫だ。このまま目が覚めなかったらどうしたら良いんだろう。 「神様…」  どうか、人の子に慈悲を。  彼の弱々しい寝息をバックグランドに両膝を突いて、名も知らぬ神に祈り続けた。  
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