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「でね、エドガー様ったら"どちらもお似合いですよアドリーヌ嬢"って笑顔で言うのよ」 「は、はい…」 「この白いリボンなんて子供っぽくて私には全然似合わないのに、エドガー様はそういう可愛らしいものがお好きなのかしら?」  アドリーヌがたべかけのマフィンをお皿において、ぷうっと頬を膨らしながら頬杖をつく。最近、アドリーヌはよくこの部屋に訪れる。主に"エドガー様"の事を話しに。  エドガー=ローズブレイド。アベルの兄で、この家の次期当主になる男の人らしい。私は遭ったことがないが、アドリーヌの話を聞く限りでは、眉目秀麗、容姿端麗で絶世の美形の貴族様らしい。  …多少話は盛っているところがありそうだが、美形の弟を持つアベルの兄だ。相当美しい人に違いはないと思う。 「聞いているのかしらリラ?」 「ええ、勿論」 「それならいいのよ。ああ、そうだ今日のドレスどう思う?」  ががっと椅子を引いて彼女は立ち上がるとくるんと回転してみせた。何度か見た派手で目を引くドレスではなく装飾も色も大人しめで彼女らしくないようにみえる。私がそういいあぐねていると、アベルが同じようなことを先に口に出した。 「でしょう?エドガー様はきっとこういうのが好きなんだわって思って」 「どうしてそう思うの?」 「だって、エドガー様は清楚でおしとやかで貞淑な乙女が好きなのでしょう?ほら、だからそういうドレスにしてみたの」  …まだ清楚で貞淑には少し遠いデザインだとは思う、そして本人から溢れ出る勝ち気なオーラが更にそれを遠ざけている。そんな事口が裂けても言えないから曖昧に微笑むしか私にはできない。 「そういえば、リラはエドガー様に遭ったことはあるかしら」 「ないよ、彼女はずっとこの部屋にいるから」 「まあ、アベル!軟禁でもしているの!?」    わざとらしく彼女は口元を覆って驚いたような声を出す。アベルはふうと小さくため息を付いて紅茶に口をつけた。 「まあ、冗談よ!真に受けないで頂戴」 「知ってるよ。年が一緒の幼馴染なんだから」 「私は貴方よりもエドガー様と幼馴染になりたかったわ」  ぶすうっと可愛い顔が台無しになるくらい彼女は顔を歪めた。  本当に最初は高潔な貴族のご令嬢にしか見えなかったけれど、彼女もただの恋する女の子なんだと最近良く思う。"エドガー様"の事を話す時の彼女は本当に私と年齢も身分も変わらない乙女でしか無い。 「うふふ、でも大丈夫。私とエドガー様は結ばれる運命だもの」  毎回、彼女は話の締めにこの言葉を持ってくるが何を根拠に言っているのか私には分からなかった。アベルも聞き慣れているらしくそれを流している。彼女もそのことを気にしていない。きっとおまじないの言葉なのだろうと私も聞き流している。 「まあ、大変。もうこんな時間だわ…そろそろ執事が迎えに来てしまう!」 「今日も賑やかで楽しかったよアドリーヌ」 「ええ、それはよかったわ。またねアベル、リラ」  かつかつかつ。かつん。  扉の前で彼女が立ち止まって一度こちらを振り向く。 「ではご機嫌よう。お二人共。また近々」  完全外行きモードにスイッチを切り替えた彼女はそのままお淑やかに扉を開け、見とれるような所作で音もなく扉を閉めると、外に迎えに来ていた執事と共に階段を下っていった。 「まるで嵐だね」 「そうですね…でも楽しい人だと思います」 「僕もそう思う、アドリーヌと一緒にいると楽しいよ」  残された大量のお茶菓子に手を伸ばしながら、カップのお茶を飲む。アドリーヌはここに来る際にたくさんのお土産を持ってくる。私へのプレゼントのドレスや靴やアクセサリーだったり、アベルへの本や、ペンのインクだったり、お茶会用のお菓子だったり。  最初は遠慮していたが、アベル曰くプレゼントを贈るのが好きだそうで、遠慮なく貰うことが彼女への贈り物と言われてからは素直に受け取るようにしている。  それにしても、毎回高価そうな物を貰うのは気がひけるのだが… 「そういえば」  フィナンシェに伸ばしかけた手を止めてアベルの方を見る。先程アドリーヌにプレゼントされた本に目を落した彼はのっそり顔を上げた。 「ん?」 「エドガーさんって本当にアドリーヌが言うような人なんですか…?」 「………」  彼の動きが止まる。  ああ、あまりにもアドリーヌが名前を言う物だから勝手に親しみを覚えていたが彼はアベルをここに幽閉している人だった。  地雷を踏みぬいたかもしれない。冷や汗がひとつぶ背中を伝う。 「…アドリーヌは言いすぎな気もするけどまあ概ね間違ってはいないかな」  それだけ言うと、そのまま目線を本に落してしまった。 「…あの、聞いちゃいけないこと聞いてごめんなさい」 「ううん、別に聞いちゃいけないことじゃないよ」 「でも…」 「兄だって、理由もなく僕をここに置いてるわけじゃない。それはわかってるから」  再び挙げられた顔はとても悲しげで、心が苦しくなる。 「昔は仲良しだったんだけど、時間は残酷だ。成長するに連れて分かり合えないこともでてくる。その結果がこうなだけ」 「…」 「彼も彼なりに考えているのだろうから僕にそれを口出しする視覚はないんだよ。弟だし、彼は次期当主だからね…」  言葉に詰まる。 「…あ、お茶無くなってるけどいる?」 「…ぁ」  気が付かないうちにカップの中はもう空っぽになっていた。もう喉は渇いていないけれど彼が話題をそらしたがっているのは明白だったのでこくんと頷く。  嵐の去った部屋に訪れた静寂はやけに物悲しく、そしてうるさかった。
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