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「…そろそろかな」  昼食を取り終わった頃、彼が時計を見てそうつぶやいた。そろそろ?なにがそろそろなのだろう。ぼんやりと楽しそうな横顔を眺める。  時刻は13時過ぎ。外では朝とは違う小鳥たちが木の上で賑やかに合唱をしている。それから、人の声もする。たぶん仕事をしているようなそんな声。  そっと窓から下を見ると、この塔?の真下は庭になっているらしく、数人の使用人たちが花壇の世話をしていた。きゃぴきゃぴと楽しそうな声だ。  同年代の友だちがいれば、私もあんな風な会話をしていたのだろうか。そんなことを考えてしまって顔をそらしてカーテンをかけた。  なにか、音が聞こえる、耳を澄ますと扉の向こうから階段を登る音が近づいてくるのがわかる。その音がこの部屋の前で止まってコンコンと音が鳴らされた。 「どうぞ」  アベルが声をかけると、ひとりの正装をした見知らぬ男が大きな箱を持って立っている。 「…アドリーヌ様からのお届け物です」 「うん、ご苦労様。下がっていいよ」  男は私に一瞥することもなく、そのまま扉を締めて去っていった。階段を下る音が遠ざかって聞こえなくなった頃、後ろから声をかけられる。 「ねえ、リラ」 「なんでしょ……う?」  一瞬言葉に詰まる。  彼は手に女性物のドレスを持っていた。 「それは?」 「アドリーヌから君へのプレゼントだって!」  黒を基調とした、美しいドレス。まるで夜会にでも着ていくかのようなデザイン。  これを私に?そう思うと目を丸くしてしまう。 「こんな素敵なもの…頂けません…」 「どうして?」 「だって」  高そうだし、私は貴族ではないし、それに着方もわからない。つまり不相応にしか思えない。そんな御託を並べて受取を拒否しているとアベルが逆にきょとんとしていた。 「…リラって自己評価低すぎるんじゃないの?」 「そんなことは」 「いいからいいから」  ドレスを持ったままアベルがかつかつと歩いてきて、目の前で止まる。 「脱いで」 「えっ!?」 「脱がないと着せられないでしょう?」 「待ってください!じ、自分で着ますから!」 「さっき着方がわからないって言ってたのに?」 「う…」  じゃあ、脱いで。  そう言われるともう言うことを聞くしか無い。  アベルをなるべく見ないように着ていた服を脱いで下着だけの姿になる。目線は外したまま終わったことを告げた。 「改めて見ると本当に綺麗な体…」 「…あんまり見ないでください」 「はいはい、わかったよ、じゃあまずは…」  彼の指示通りにドレスに袖を通す。普通の服と違って、本当にめんどくさい。貴族のご令嬢はいつもこんな風に服を着ているのかと思うと尊敬してしまう。 「じゃあコルセットつけるから背筋伸ばして」 「…はい」  ぐっとお腹が締まる。息が苦しい。 「苦しい?」 「少し…」 「まあそのうち慣れるよ」  さあ、完成。そう言われ鏡の前に連れて行かれた。鏡に映る自分の姿は貴族のご令嬢というよりドールに見える。元々吸血鬼一族は紫外線を浴びないため肌が白い。こういう黒いドレスを着ると更に白が際立ち人間と言ったより人形に見える。夜会ではなくドールハウスにでも居そうだ。  「可愛い」 「ありがとうございます」 「ねえ、昨日から気になってたんだけど、どうして敬語なの?」  鏡の中のアベルと目が合った。 「主人だから?」 「主人?僕が?」 「だって、アドリーヌが元々の主人で、その権限がアベルさんに行ったのでしょう?」 「…アドリーヌが主人?アドリーヌは君の友達じゃないの?」 「……うん?」  何かが食い違っている気がする。  私はアドリーヌに買われて…アドリーヌは私の元主人で…考えるとごっちゃになってくる。 「まあなんでもいいんだけど、敬語使わなくていいよ。それに僕のこともアベルさんじゃなくてアベルでいい」 「…えっと、それは悪い気が」 「アドリーヌは呼び捨てにできて僕は出来ないの?」 「…う」  男の人を呼び捨てにするのは気恥ずかしい。でも、そんな目で見られたら…ごくっと一回生唾を飲んで声を小さく出す。 「……アベル」 「うんうん、今度はもっと大きな声で呼んで」 「アベル」 「じゃあその調子で敬語もやめてみようか」 「…う、それは難しいです」  身内にだって敬語なのにいきなり敬語をやめろと言われてもそれは難しい。そう説明をすると彼はちょっと残念そうな顔をした。 「そっか、じゃあ徐々に外してくれればいいから」 「はい、ごめんなさい」 「謝らなくていいのに…ああ、もしかして」  ―謝ることが癖になってるんじゃないの。  そう言われて鏡の中の私の表情が曇る。確かに、これが癖になっているのは自覚している。母親や父親のため息を聞く度に、ルイにお小言を言われる度に、ロイクに血液を分けてもらう度に、謝罪をしていた。特にルイにはいつも謝っていた気がする。  そういえば、誘拐されてから今日まででそれなりに日が経っている気がするけれど一族は私を心配しているだろうか?それとも、出来損ないがくたばったと喜んでいるのだろうか。少なくともルイは喜んでいそうだ。 「リラ?」 「あ、ごめんなさい…考え事を」 「またごめんなさいって言ってる」 「あ…ごめ…」 「うーん、癖だね」 「ですね…」 「謝ってばかりじゃ陰鬱な気持ちになるでしょう?だからこれからは、ごめんなさいじゃなくてありがとうにしたらどうかな?」 「…ありがとう?」 「うん」  …ありがとう。たしかにそのほうが良い気がする。 「ありがとう、アベル」 「ん、そうそう」  ご褒美と言わんばかりにちゅうっとほっぺたにキスをされる。なんだか気恥ずかしい。吸血衝動とは違う別の衝動で胸がドキドキする。  このドキドキがなんなのか私にはまだわからなかった。
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