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「…ん」  小鳥の声がする。今は朝なのだろう。朝は…というよりも日差しは苦手だ。にんにく料理も嫌いだし十字架のアクセサリーも嫌悪する、見る人によればテンプレート的な吸血鬼だろう。  兄達はそんなことないのに、これも私だけ。特に日差しにあたると溶けて死ぬことはなくても体中が赤くなってしまうから極力当たりたくない。原因は私が血を飲まないからだというのはわかっている。力がないから日差しにすら勝てない。よくルイにバカにされた事を思い出して勝手に落ち込んでしまう。  日差しから逃げるように布団を深くかぶる。 「リラ、起きられる?」 「…ん」 「いいよ寝てても」  ぎしっとベッドがきしんでアベルの体温が消える。もう一眠り…と思ったが家主が起きているのに私だけ眠りこけているのは申し訳ない。  太陽が苦手だとはいえ、直射日光に当たらなければいい話だ。緩慢な動作で布団を剥いでまだ焦点の合わない目を泳がせてアベルの行方を探す。  アベルは、簡易キッチンのようなところでカチャカチャと音を立てていた。ちらちらと見える物から推測すると、お茶かコーヒーでも淹れているのだろう。  のそのそ動いてベッドから出て、違和感に気がつく。 「…あれ」  確かに昨日は裸で寝たはずなのに、服を着せられている。それも可愛らしいネグリジェが。これは私の私物ではない。ということは… 「アベルさん、あの」 「…ああ、起きたんだねおはよう」 「はい、おはようございます…あの」 「なあに?」 「このお洋服は…」  アベルは湯気の昇る陶器のカップを私に渡して、中のコーヒーらしき液体を一口啜って笑みを浮かべる。 「似合ってる」 「これはアベルさんが着せてくれたんですか?」 「そうそう、裸じゃ寒いと思って」  裸もネグリジェも変わらない気がするとは言えず。ありがとうございますと頭を下げた。アベルは嬉しそうに下げた私の頭を撫でる。 「いいんだよ、似合うと思って着せたんだから」  こんな可愛らしい服で寝たことは今まで一度もない。普段はシャツにパンツか綿のパジャマだ。こういう可愛らしいものや可愛らしい服は好きだが…兄達に馬鹿にされるから自分からねだる事はできなかった。  一族は、女性に可愛らしさは求めていない。完璧な美しさを求める。そういった点でも私は彼らと価値観が合わない。 「ああ、そうだ!」  彼はきょとんとする私をよそにテーブルに空になったカップを置いて、壁掛け電話に走る。上機嫌で何処かに電話をし、更に上機嫌で私のもとに戻ってくる。この間1分弱。 「どうしたんですか?」 「いや、それは後でのお楽しみ」 「…?」  一体何なのだろう。まあ…ご機嫌ならそれでいいか。  そう思考を区切ってカップに口をつける。少し冷めたブラックコーヒーの味に眉をしかめてしまう。苦いにはあまり得意ではない。 「どうしたの?」 「ブラックは苦手で」 「ああ、ごめんね。好み、聞いてなかった。お砂糖いるよね。ちょっとまってて」  ぱたぱたと走っていって簡易キッチン横の戸棚を開けてなにやらがさごそと音を立てたかと思うとガラスの瓶を持って戻ってくる。  その綺麗なガラス瓶にはカラフルな角砂糖が沢山詰まっていた。 「はい、いくつ?」 「じゃあ2つほど」  淡いピンク色と水色の角砂糖がコーヒーの中に落ちて、溶けていく。ひとくち、口に含むとちょうどいい甘さになっていた。 「美味しいです、ありがとうございます」 「そう、それはよかった」 「それにしても、珍しいお砂糖ですね」 「アドリーヌからのお土産なんだ」 「ああ…アドリーヌさんはこういうの好きそう」  彼女の部屋に数度入ったときも、可愛い物、綺麗な物、女性らしい物、ありとあらゆるものが飾られていた気がする。   「そんなに気に入った?」 「えっ」 「じゃあ、はい」  一粒の砂糖が差し出される。きょとんとしていると、お砂糖が唇の上にぷにっと押し当てられた。ああ、口を開けろということか。そっと口を開く。  お砂糖が舌の上に乗った。甘い、普通のお砂糖とは少し違う気がする。目を閉じて口内で転がして甘味を味わう。  ぷに、再び唇に砂糖が押し付けられる。それに応じてまた口を開ける。 「うっ!?」  今度は砂糖と一緒にアベルの指が口内に入ってきた。思わず目を開く。 「美味しい?」  緑眼が少し意地悪そうに細められていた。彼は砂糖を溶かすのとは別の目的で私の口内を弄る。舌をはさみ、上顎を爪で軽くひっかき、頬を内側からなぞる。  私の冷たい体は昨日のキスを、その先の行為を思い出してカァアと熱くなっていく。そして、事の発端の甘さを思い出す。  昨日の事の発端は吸血。今、目の前に、口の中に血の流れる肉がある。思い出すと吸血衝動で心臓がバクバクしてきた。  駄目、昨日アレだけ吸ってしまったし、それに…同じ人間から何度も血は吸えない。 「…ん、う…」  彼の手をやんわりと掴んで目で出してと懇願する。 「なあに?どうしたの?」  私の意思は全く伝わっていないようで、口内で彼の指が舌の裏をなぞった。くすぐったくてびくっと体が跳ねる。 「ふふふっ、どうしちゃったの?」  違う。確信犯だ。私の意思は伝わっている。わかっていて口の中から指を出さないんだ。なにがしたいのかよくわからない…ただ、私のほうが我慢の限界になりつつあるのはわかる。  この柔らかい指の肉をえぐって、滴る血で喉を潤したい。ああ、飲みたい、食べたい、ほしい。血をすすりたい。  指が犬歯の尖りをなぞる、まるで噛めと言っているようだ。 「う…」  噛みたい、でも、駄目。駄目なのに。 「じれったいなあ…ふふふ」 「うぶっ!?」  アベルの指の腹が犬歯に突き刺さる。私が噛んだわけではない。彼が自分で突き刺した。底まで深くは刺さっていないようだが、滴る程度には出血したらしく舌の上にぽたぽたと血が垂れた。 「…うっ…ア、ベ…ル…!」   力任せに彼の指を口から離す。 「あれ?飲まないの?」 「はぁっ…はぁ……」  しょうがないねと彼は角砂糖の瓶の中から白い砂糖を選ぶとそこに自分の出血した指を押し当てる。真っ白な砂糖はどんどん、赤く斑に滲んでいく。 「何…して」 「食事の摂取を拒否するから、強制的に食べさせるだけ」 「…うむっ!?」  その赤い砂糖がぽかんと開けた私の口の中に押し込まれた。 「吸血鬼にとって血液は生きるための水みたいなものなんでしょう?」  砂糖を噛む。  砂糖の甘味と血液の甘みがどろどろに混ざって怖いくらいに甘い。世界にこんなに甘い食べ物があったのかと驚くほどに。 「…ん」  唾液と血液と砂糖が混じり合った蜜が喉を伝っていく。やっと甘味地獄から開放された。あそこまで甘さだけだと狂気だ。でも、美味しかった。今まで食べた中で一番。 「はい、よく食べられました」 「…」 「あれ?怒ってる?」  怒っているわけじゃない、けれど強引に血液を摂取させてくる意味がわからなくて言葉が出ない。 「私はそこまで血液を摂取しなくても平気ですから気にしないでください」 「でも、それって人間が水を摂取しなくても大丈夫って強がるのと同じじゃない?」 「…そんなことは」 「僕に気を使わなくてもいいのに」 「いえ…本当に大丈夫ですし、それに私はアベルさんの貧血のほうが心配です」  昨日も今日も血を流している。元々細くて血液が少なそうなのにこれ以上吸ったら本当に貧血で倒れかねない。 「僕はそんなに虚弱に見える?」 「はい」 「はっきり言うね。まあわかったよ、君が求めた時に僕は血を与えよう」  できるなら求めたくないな。  気が付かれないように犬歯に少しだけ残った血を舐めた。  ああ、やはり彼の血は美味しい。
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